「世界はカーブ化している」:デビッド・スミック著
〓 金融、証券界のある意味ゴシップが満載のビジネス書 〓
トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」を受けて、金融、証券界の現状を綴ったドキュメンタリーに近い本。全体的にゴシップ的な記事や著者の友人とのエピソードが多く、またどことなく冗漫な感じがする。しかし、各エピソードは通常は知られていないものが多く、興味のあるトピックにフォーカスして読むと面白い。例えば
71ページ
アメリカの債務残高の対GDP比(65.7%)はドイツのそれ(66.8%)よりも小さいし、日本のそれ(176.2%)と比べたら、ほぼ三分の一にしかならない。
私たちは政治家たちに、あるいはメディアに騙されていたのか。今まで財政赤字は、国民の貯蓄量と比較すれば許容量であると解説されてきた。アメリカなんかに比較すればまだ良いほうだと高をくくっていたらこれだ。田原総一郎のポッドキャスト「タブーに挑戦」でも、今週の公開分でこの問題をとりあげ、今までタブー視されてきた大きな問題だと述べていた。それにしても、あまり知らない事実が海外の著作で知らされるというのは気持の良いものではない。
167ページ
1980年代の半ば、わたしがコンサルティング業をはじめた頃、日本は中国のいまのポジションに驚くほど似た状況にあった。日本は世界最大の貯蓄源である上にめざましい工業力も有して、未来の世界経済を支配する国と目されていた。
つまり、日本の国力はこの30年で大きく衰退したということだ。
特に次の引用は、もしこれが本当だとすれば、昨今の政治の質の低下もうなづける。168ページ「5.〈失われた10年〉という日本の教訓」と題した章のでの、日本の政治に関する1990年前半のエピソード。著者が日本詣で竹下元総理と会食し、そのとき細川を次期首相と紹介された後の感想だ。
194ページ
驚いたことに、竹下の言ったとおりになった。数年後、その"使い走り"が首相になったのだ。ワシントンにいてテレビで細川の首相就任を知ったとき「嘘だろう!」と思ったのを今でもおぼえている。
おそらく、国力の衰退というのは、この頃から始まったのであろう。また、本書の最後の章には以下の記述がある。
326ページ
....1988 年のことだ。大蔵省のわが旧友、第五章で紹介した”東京の黒幕”こと内海孚が、電話をかけてきて、ある提案をした。当時、国際志向の大蔵省官僚たちが、他の先進諸国の後を追って金融市場の自由化を実現しようと懸命になっていた。だが、国内思考の官僚たちの抵抗という障害があった。金融機関も抵抗していた。アメリカの有力議員を何人か日本に招くのには大蔵省も反対しない、と内海は言った。
これを読んだとき、私は最近ドラマ化された城山三郎の小説「官僚たちの夏」を思い出した。このドラマでも、国際開放派と国内擁護派が分かれて、政局を巻き込みながら話が展開する。ドラマの時代設定は 1960年前後の話だから、官僚たちが国際派と国内派に分かれているのは、今も昔も変わらないわけだ。しかし、彼らの向ける熱意の矛先は変わってきているような気がするが。
著者は、金融関係の顧客を多く持つコンサルタントである。そのため、全体的には金融界擁護の立場に立った議論が多い。物理的な生産活動に直結しない金融業界を、今後も擁護しようという立場は、IT関連の会社に勤めている私にはどうもしっくり来ない。金融業界以外に勤める方は同じではないだろうか。著者は時折1929年の大恐慌を引き合いに出し、そのときとは状況が違うと説明している。しかし、価値を創造する製造業などのバックアップをする脇役として立場から、銀行が証券に手を出し自ら主役となり拝金主義に陥ったところは同じ背景ではないだろうか。私は、どう転んでも、直接的に富を生み出さない金融業はもう一度脇役に徹するべきだと思う。しかし、著者は308ページで以下のように金融監督当局を問題視しているものの、全般的には金融規制に対して反対意見を述べ、金融業の衰退は産業の衰退に直結すると述べている。
したがって、これからわたしが語るのは、強欲とごまかしと愚劣の物語だ。銀行家が世間に知られたくない〈07-08大信用危機〉物語である。それは、監視当局の究極のミス─ ─起こっていることに気づかなかったというミス─ ─によって、現実のものとなってしまった。
著者の論点は金融、証券が中心となり、製造業やサービス業までは行き届いていない。最終的には、金融が元気になればすべて丸く収まる的にまとめられている。これでは、格差や労働問題、資源も含む今の不況を脱する打開策にはつながらない。「フラット化する世界」が経済とグローバル化という広い観点から論じているのに対して、この本の著者は意図して、金融という限られた世界からグローバル化について述べている。だが、少し論点を絞り込みすぎたのではないか。産業全般からの論点がもう少し多くてもよいのではないかと思った。
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