「ソロスは警告する-超バブル崩壊」ジョージ・ソロス
〓 金融工学を駆使して、いかに儲けるか!という本ではない! 〓
著者のジョージ・ソロスという人は、皆さんもご存知と思うが、ウォーレン・バレットと並ぶ投資家だ。ちなみ、この2名の名前をグーグルで検索すると、結構いろいろな情報が引き出せて面白い。とは言え、私自身は投資にさほど興味が無いのだが(というか金が無いのだが)。
「警告する!」というタイトルから分かる通り、内容は自伝とある種の啓蒙を中心に構成されている。原題は「The New Paradigm for Financial Markets-The Credit Crisis of 2008 and What It Means」。
自伝については本書を読んでいただくとして、啓蒙の中心になるのは「再帰性」とい概念だ。「再帰性」とはつまり、株や金融商品、あるいは企業の格付けなども、すべて人の行動に左右され、それによる結果を考慮した人々の行動がさらにその動向に影響するという。そして、この不確定要素を孕んだ事象をコントロールするために、何らかの規制が必要だと言っている。著者は、大幅に規制を緩和し市場原理主義に走ったアメリカ政府(ブッシュ政権)と金融業界を批判して、本書の中でこんな風に述べている。
163ページ
今一度断言しておきたい。市場が均衡点に向かって収斂するという均衡理論の考え方は、現在の混乱に直接的な責任を負うものだ。市場メカニズムの自己修復能力を過信して政府の規制を撤廃させたのは均衡理論なのである。「価格はランダムに動くが、やがては平均値に向かって回帰する」という考え方が、合成金融商品などの、現在崩壊しつつある金融手法のもととなったのだ。
ここで著者が言う「均衡理論」は、いわば「再帰性理論」の双璧をなすものである。本書で「再帰性」は若干回りくどく説明されているが、おそらく「行動経済学」や「心理経済学」と呼んだほうが分かりやすいかもしれない。思想的には金融工学を駆使して投資をするほかの投資家、例えば「レイ・カーツワイル」の考えとは対極にあると思う。
私自身は、そもそも「金融工学」という言葉が成立することに疑問がある。工学は結果を確定させる物理的、化学的方法論だ。膨張してやがて崩壊することを予測できないような方法論が果たして工学と呼べるだろうか。原子力発電所にこんな不完全が工学が持ち込まれたら、その工学を開発したメンバーは世界中から弾劾されるに違いない。しかし、カーツワイルは、悪いのは金融工学ではなく使い方が間違っていたと述べているのだ。もしそうだとしても、そうとは気づかずに使い方を間違う人間が大勢いて、それとは別に不特定多数の被害を受ける人間がいるなら、やはり工学として呼ぶことには違和感がある。そもそも使うべきでは無いとさえ思うのだ。このことに近い内容を著者が述べている。少し長いが、引用する。
239ページ
私はまた、自然科学と社会学が根本的に異質であることも述べた。その差異の例としては、機会と、人間を部品として組み立て「社会的機械」とでもいうべき社会制度の間の違いが例としては分かりやすいと思う。
機械というのは自然の力を活用するものである以上、きちんと動作するには自然法則に従わなくてはならない--分析哲学で言う「適格性」を満たさなくてはならない。発電所は電力を生み出さなくてはならないし、内燃機関は一定の条件の下で燃料を燃やさなくてはならず、核兵器は爆発によって原子核に秘められたエネルギーを放出しなくてはならない、などだ。
だが、社会制度というものは、必ずしもこれまでの社会の「法則」に従わなくてはならないわけではない。説得であれ、伝統であれ、あるいは強制であれ、何らかの理由で人々が受け入れれば、それで成り立ってしまうのである。社会制度は決して「適格性」を満たすことはない。その社会を構成する人々が純粋な知識にもとづいて判断を下せないからである。どのような体制が出来上がろうとも、それは常に解消されない矛盾を孕むはずであり、その体制が倒れた後も、何ら継続性のない、まったく異質な体制が生まれるかもしれない。
この本は、2007年から2008年にかけて書かれたものだ。まだリーマンショックが起こる前であるが、本書で既になんらかの恐慌が起こることを予測している。また、後半では08年1月からの著者自身のポートフォリオとその後の展開を、3月まで日記的に綴っている。自らのとった(ポートフォリオを含めた)行動を、しかも失敗も含めて惜しみなく披露するというのは、これだけ影響力のある投資家自身としては迷いもあったと思うが、「再帰性」を標榜しているからには何らかの考えがあってのことだろう。金融関連を生業とする読者には、特にこのくだりは興味を持って読まれるのではないだろうか。
同じ邦題の、表紙が赤い本「ソロスは警告する2009-恐慌へのカウントダウン」が、今年6月に出版された。おそらくその後のご自身の展開も述べられているのだろうと期待している。近いうちに赤いほうの本を読んでレポートしたい。
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