「ミラーニューロン」ジャコモ ・リゾラッティ, コラド・シニガリア (著)
〓 ミラーニューロンについて詳細に記述した本 〓
1990年代にイタリアの大学で、ある偶然からミラーニューロンが発見された。もともと学者たちは、このミラーニューロンのような機能を持つ神経細胞の存在を、想像すらしていなかったらしい。ミラーニューロンの発見による学者たちの衝撃は、大昔の人々が、心は心臓にあると思っていたのが、実はそうではないと聞かされた時の驚きに近いものがあっただろう。それほど、このミラーニューロンの発見というのは、実はすごいことなのだ。
この本は、ミラーニューロンを発見した大学チームの学科長自らの記述によるものだ。そのためか、内容は、どちらかというと教科書的であり、特に前半では脳の構造や神経細胞の動作(発火)を記録したグラフがふんだんに登場する。私のような通常の読者にはかなりとっつきにくい。これらの図やグラフは実験結果なのだが、実験を行ったメンバーは日本人が多いようだ。私が前半部分で心に残ったのは、残念ながらそれくらいであろうか。おそらく、脳科学に近い専門分野にかかわりのある読者にとっては、これらの詳細な記述が有益となるであろうと思う。
私が脳科学というか、人間の脳に興味があるのは、学生時代に読んだある本に由来している。それは「マインズ・アイ」という〈コンピュータは人の心をもてるか〉について思考実験を行った本だ(1984年初版)。それで、この「ミラーニューロン」の冒頭「はじめに」の最後のほうに記載されていた著者の言葉が気になった。
私たちと他者をつなぐ絆がいかに強力で深く根付いたものであるかがわかる。換言すれば、「私たち」を抜きにして「私」を考えるのは、奇妙この上ないのだ。
確か、「マインズ・アイ」には、〈人間と同等の思考が出来るロボットは、人体と同様の身体が必要になるであろう〉、という話が掲載されていた。つまり、人の心と同じようなものをコンピュータにプログラミングしようとするなら、コンピュータに接続された人間の身体機能を加えなければならない。心を持つコンピュータには、なぜ人間と同様の身体機能が必要なのか。その鍵をミラーニューロンが握っている。ふとそんなことを思った。
後半部分「模倣と言語(160ページ)」からは人の思考に関して考察した記述になる。ただ、ここからもやはり実験結果や事実の記録からの考察だ。私が期待した、「コンピュータでミラーニューロンと同等の機能を実現することは可能か」、といったような考察は、残念ながらなかった。最後にこの本の訳者が述べていることを引用する。
217ページ、訳者あとがきから
私たち人間は、日常生活の多くの部分をほとんど意識しないまま、なんの支障もなくこなしている。しかし、それがいかにたいへんなことかは、たとえば人間に似たロボットを作ろうとすればたちまち明らかになる。人間と同じような動きをさせるだけでも難しい。ロボットが相手の表情を読み取ったり、相手の感覚や気持を理解したりすることは、それに輪をかけて困難だ。ところが人間は、それをふだんから何気なくやっている。このような驚くべき能力の鍵を握っているのが、ミラーニューロンだ。
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