「大搾取!」: スティーブン・グリーンハウス著/曽田 和子訳
〓 これが10年後の日本だとしたら恐ろしい話だ 〓
日本とアメリカでは10年の差があり、アメリカの現在は10年後の日本を象徴しているいわれる。この本が示す現実は、10年後の日本で起こりうることと考えるのが妥当なのかもしれない。だとするなら、この本を安穏と読み進めることは出来ない。本書で語られるアメリカの労働事情が、多少誇張されているにせよ、現在の日本よりもさらにひどい格差を思わせるからだ。
この本は13章で構成されている。前半は労働現場での搾取(主に管理職による勤務時間の付替えや強制就労)の実態をレポートする。そして、中盤では労働搾取を可能とした原因いついて語る。終盤では、コストコやパタゴニアなどの新興企業を例に、労働環境を重視した経営による成功例を挙げている。そして最終章を「すべての船をおしあげる」として、問題解決の方策を提示している。
本文の序盤から中盤、労働組合の存在がいかにして縮小していったかが、各所で語られている。その橋頭堡ともいえるのは以下の一文である。
142ページ
当時、ニューヨークタイムズ紙の労働問題担当の記者だったビル・ケラーは「組合員と組合のリーダーたちは、職場における勢力の均衡が崩れ、雇用者側有利の方向に劇的変化を遂げたとの感を強めつつ、1984年のレーバーディ(労働の日)を迎えようとしている」と書いた。
そして、その6年後に労働者は受難を迎えることになる。
152ページ
1990年代はウォールストリートがレイオフを大歓迎するような時代だった。
この十年後の日本では、カルロスゴーンが日産社長に就任し、日本も一気にリストラに対して肯定的な見方をするようになった。
リストラ、派遣、401k、株主主権、経営者の高額報酬、累進課税の緩和、これらは殆どがアメリカからその後に日本に輸入されてきている。ただし、医療保険はアメリカ方式は採用されていない。これだけは救いなのかもしれない。むしろアメリカはいま国民皆保険へと移行しようとしている。
アメリカよりも日本の方が先行している、あるいはほぼ同時に起きつつある事象は高齢化だ。
350ページ
『借金を負わされる若者世代』が指摘するように、インターネット世代は、国全体が今のフロリダのように高齢者で溢れるころに、働き盛りを迎える。その結果、この世代は社会保障制度を維持するために前例のない重荷を負わされることになる。
351ページ
だが、今の十代の若者がこれから入ろうとしている職場は、雇用保障など次第錯誤とみなされるような、これまでより厳しくゆとりのない職場だと言うことは事実である。雇い主に雇い続けてもらうためには一所懸命働いて成果を上げろ、というのが暗黙のメッセージとなっている。黙っていても定期的に昇給していた時代は過ぎ去り、昇給を実現するためにも、成果を上げて見せなければならなくなった。
※『借金を負わされる若者世代』は原題「Generation Debt.」アーニャ・カメネッツ著(未邦訳)
日本では、いろいろな論客が、国内の格差や規制緩和に関する問題解決を語るときに、アメリカでの例を望ましい現実として挙げる。例えば、アメリカではひとつの企業に勤め続けることはなく、いくつかの企業を渡り歩いてキャリアアップをはかるとか、経営者は高額の報酬をもらうのが当然で、それによって経済は上向くとかいったたぐいだ。しかし、実際のところ、このようなアメリカの動向を盲従する日本の傾向が、現在の国内の格差や貧困の問題を生み出していることは間違いない。いままでは、それがあたかもより良いこと、あるいは正しいことのように受け止められがちだったが、今後はアメリカの制度をそのまま輸入するのではなく、その結果がどうなるかをきっちり見極めるべきだ。
特に、確定拠出年金(401K)についての次の一文は見逃せない。
378ページ
「実際やってみると、401kは[従来型の年金制度より]はるかに劣った制度だということがわかってきた」と、マネル教授は言う。「この制度に入った方がいいか、積立額をいくらにすればいいか、どのプランにどのくらい配分すべきか、積立計画をいつ変えるべきか、転職するときどう処理したらいいか─そういうことを全部労働者が決めなくてはならない。データで見ると、どの段階でも間違った判断をしている人がたくさんいることがはっきりしています。」
実際私を含む周りの殆どが確定拠出年金へ移行したが、皆一様に後悔している。明らかに雇用主には有利であり、被雇用者には不利な制度であることが、後になって思い知らされた。
この本は400ページ近い分厚い本であるが、私たち一般の市民には現実的な実例が多く語られているため、非常に興味深く読める。しかも、非常に切実な思いにさらされる、というのは、冒頭でも述べた通りだ。そして、訳者あとがきでは、さらに駄目押しがある。
454ページ
訳者あとがきから
労働時間の規制緩和は結局賃金カットにつながると騒がれたホワイトカラーエグゼンプションの導入が経団連によって提言されたことも、記憶に新しい。原著の副題には『Tough Times fo the American Worker』(アメリカ労働者受難の時代)とある。日本の労働者にとっても「受難の時代」がすでに来ていることを心しなければならない。
いまの現状、アメリカの格差社会を作り出したのは、レーガン大統領による企業優遇措置がその発端となっている(もちろんそれだけではないが)。レーガンが大統領に再任されたのは1984年であり、この頃に労使のバランスが雇用者側有利になったとされる。この1984とういのはいわくつきだ。村上春樹の1Q84の書名の元となった、近未来の社会問題をとりあげたジョージ・オーウェルの「1984年」と一致する(まだ読んでいないが)。しかも、管理職が従業員のタイムカードを改ざんするというのは、「1984年」の中で役人が日々の歴史記録を改ざんするのに似ている。この作品「1984年」は、共産主義の将来を予測して書いたといわれるが、皮肉にも現在の資本主義がこれに近い現実を作っているようにも思える。
しかし、アメリカがオバマ大統領を擁し、日本の政権交代が実現した今、これらの問題を克服する希望がないわけではない。
格差問題は、グローバリゼーションにも原因がある。しかし、(「世界はカーブ化している」でも述べられていたが)この本の著者も、反グローバリゼーションが行き過ぎて、保護主義政策に陥ることに警鐘を鳴らしている。明確には書いていないが、保護主義政策が戦争へと移行するときに必ずたどる道程だからであろう。そして、なんとも不気味なのは、金融バブル、グローバリゼーション、格差、産業転換といった現実のなかで、だれも望んでいないにもかかわらず、大恐慌が起こっているということだ。人の一生に近い80年という時を隔てて、以前と同じ道を、実は現在もたどっているというのは、なんとも不気味ではないか。
しかし、皮肉なことだが、だとすると今後社会保障は徐々に普及していくのではないかという期待ももてる。アメリカで1875年から普及しだした企業年金のその後は、ルーズベルト大統領に支えられたらしい(最後にその史実を記載した文を紹介する)。オバマ大統領がルーズベルトの再来であることを期待したい。そして、日本の新しい政府には、アメリカの正しい威信を見習って欲しいものだ。
372ページ
1929年に大恐慌が起きると、年金は全く普及しなくなり、多くの年配のアメリカ人が深刻な経済的苦境に陥った。フランクリン・ルーズベルトは要望に応え、1935年、社会保障法を推し進める。年配アメリカ人にささやかながら毎月手当を支給するという、画期的な法律だった。
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