「動的平衡」:福岡伸一
〓 わかりやすく、そして日々の健康を考えるためにもなる 〓
この本の著者は、以前「生物と無生物のあいだ」を書いている。その本でも、専門的、学術的な記述よりも、生命活動に対する考え方を中心に書かかれていたことを思い出した。「動的平行」という言葉の響きから、学術的な、つまりある意味、崇高な内容を期待していたが、それは、著者の持つ筆力によって快い裏切りをもたらしてくれる。書いている内容が、なんの引っ掛かりもなく、すらすらと頭に入って来る。この手の本では珍しく、かつ恐ろしく分かりやすく書かれているからだ。そして、書かれている内容はつまりこういうことだ。
わたしたちが日頃から食べるものは、その殆どすべてが、元をたどれば、何かの生き物だ。そして、それらの外から吸収されたものは体内で分解されてから、細胞内に吸収される。細胞は常に入れ替わり、分子レベルでは一日ごとに入れ替わっている。それでも、その人として全体は変わることはなく、記憶自体も保持されている。
生物は、個々の細胞が分子を入れ替えながらも、自分を形作っている構造を保ち続ける。だから、かつてあった機械論的な生命論は成り立たない。
23ページ
なぜ、バイオテクノロジーはうまくいかないのか。…中略…それは、端的にいえば、バイオつまり生命現象が、本来的にテクノロジーの対象となり難いものだからである。工学的な操作、産業上の規格、効率よい再現性。そのようなものになじまないものとして、生命があるからだ。では、いったい生命現象とは何なのか。それを私はいつも考える。60ページ
このことから、私たちは重要な箴言を引き出すことができる。「直感に頼るな」ということである。つまり私たちは、直感が導きやすい誤謬を見直すために、あるいは直感が把握しづらい現象へイマジネーションを届かせるためにこそ、勉強を続けるべきなのである。それが私たちを自由にするのだ。
一見この本のタイトルから、日常生活に役立つ知識がこの本に載っているとは思えないであろう。しかし、そんなことはない。ある日の我が家の夕飯での会話。「キムタクは顔面ににんにく注射をしているらしい」と、同居人が言う。それを受けて、高校生の息子は「それは意味が無い。直接そんなものを注射しても、体内には取り込めないから」とすかさず答える。高校の先生から聞いた内容らしいが、この本にもコラーゲンなどのアミノ酸物質は直接体内に取り込まれず、いったん分解されて別な物質に作り変えられる、と書いている。直接摂取して意味があるのは、20種類あるアミノ酸のうち、9種類の必須アミノ酸のみであり、その中にはコラーゲンは含まれていない。そして、必須アミノ酸を効率よく吸収するには、加工食品ではなく「ホールフーズ」という食べ方、つまり魚なら魚をまるごと食べるのが良いらしい。途中このような食生活や健康に有効な挿話が含まれていて、日常からは少し遠い科学に関する内容も面白く読める構成になっていてありがたい。
著者は、もしかしたら私たちが日ごろ欲している、健康管理についての知識を意識していたのだろうか。私たちが最も気にする、肥満、について結構詳しく書いている。ヘタなダイエット本は、この本が売れるたびに販売数を減らすかもしれない。しかし、普段安易なダイエット本を買うようなひとは、「動的平衡」というタイトルをみて、この本を買うとは思えないのだが。
108ページ
そんなことが可能なのかって?可能なのです。スローな食べ物を選んで、スローに食べればよい。スローな食べ物とは、よく噛まないといけないもの、消化・吸収がゆっくりと進むものである。
たとえば、同じカロリーでも、お米(白米)、コーンフレーク、おそば、げんまいでは、スロー度を比べてみると、85、75、54、50とかなり差がある。この値はグリセミック・インデックス(GI値)と呼ばれるもので、ブドウ糖をそのまま食べた時を100として、それぞれの食品がどれくらい血糖値を上げるかを数値化したもの。数値が小さくなるほどスローな食べ物ということができる。
「動的平衡」とはつまり、どういうことか。このことについては、本のほぼ終わり近くで、次のように説明している。
245ページ
秩序あるものはすべて乱雑さが増大する方向に不可逆的に進み、その秩序はやがて失われていく。ここで私が言う「秩序」は「美」あるいは「システム」と言い換えてもよい。すべては、磨耗し、酸化し、ミスが蓄積し、やがて障害が起こる。つまりエントロピーは常に増大するのである。
生命はそのことをあらかじめ織り込み、一つの準備をした。エントロピー増大の法則に先回りして、自らを壊し、そして再構築するという自転者創業的なあり方、つまり「動的平行」である。
しかし、長い間、「エントロピー増大の法則」と追いかけっこしているうちに少しずつ分子レベルで損傷が蓄積し、やがてエントロピーの増大に追い抜かれてしまう。つまり秩序が保てない時が必ず来る。それが個体の死である。
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