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「日本のITコストはなぜ高いのか?」:森和昭

   〓 愉快ではないが、痛快で明快な内容の本 〓

 この本は、現在ITシステムの構築と運用保守サービスを提供するSIerにとっては、非常に頭の痛い内容が書かれています。しかし、システム運用・保守に関係する者であれば、今後の運用保守サービスを考えるにあたり、必ず読む価値はあると信じます。

〓 なぜ日本のシステム保守費用は高いのか

 著者は、日本国内で運用保守サービスを提供するJTP(日本サードパーティ)という会社の社長です。著者はまずこんな所から話を進めます。
 日本のIT投資額は世界二位、
 日本のIT国際競争力は世界17位
 なぜ投資額が2位であるにもかかわらず、競争力は17位なのか。ひとつは、近年発覚したパスポート申請システムのような、利用率5%といったまったく活用されないシステムの構築が、日本国内では横行しているからです。もう一つは、構築システムの運用保守費用が不当に高いからである、と著者は説明しています。
 そして、運用保守費用が高額である理由は、そもそも保守を自動車保険などと同様のサービスと位置づけ、ユーザもそのことに疑問を差し挟むことなく受け入れ続けたからであるとしています。しかし著者によると、今の保守サービスは保険とは違い、修理費用を利用者が先払いしているだけにすぎません。
 さらに保守サービスは、メーカーやベンダーにとって都合がよい仕組みが作られており、本来の役務提供量に合わせた課金になっていないと著者は述べます。保守費用の中見はブラックボックスになっていて、ユーザーには見えていません。一般的には、導入システム価格の6%が年間保守費用とされていますが、これはまったく根拠のない価格付けであって、本来は保守によって提供する価値や実績によって価格決定をするべきです。さらに、品質不良に対応するサービス体制維持に必要なコストは、本来、品質不良に責任がある「送り手側」にあるはずです。しかし保守サービス費用という形で、ユーザ側に押し付けられており、これが、保守料金の高さの理由であるとしています。今後JTPが先鞭となって、保守サービスそのものは価格体系や契約内容なとについて大きな変革を迫られるかもしれません。

〓 第三者によるシステム保守サービスの提供

 本書の92ページでは、『新たな「アフターサービス・アセスメント」の確立を目指して』と題して、アファーム・ビジネスパートナーズ株式会社、代表取締役社長、藤生徹氏の著述があります。藤生氏は、「大概のSIerはオープンシステムをうたい文句にしているが、実際の保守サービスは閉ざされた構造を持っていて、結果的に自社導入システム以外の障害対応は困難である」と喝破しています。
 現在のオープンシステムと呼ばれるシステムの構築方法は、そのときに最適な機器やアプリケーションを組み合わせる手法です。こうして構築されたシステムは、元来保守を提供することを前提として組まれており、メーカーも最終的には責任を持つものです。自社導入のシステム以外の障害対応は、普通は引き受けないであろうし、それは他社が構築したシステムの障害対応が極めて困難であることが自明であるからです。しかし、そうした中でサードパーティー・保守事業が台頭しているのも事実です。システムが巨大化、複雑化するにつれて、第三者的に障害の原因を究明し、公平な立場から責任の所在を明確化することは、今後ますます必要な役割となってくると思われます。

〓 「IT保守コスト外部監査」とは

 著者は、現在の保守サービスでは、本来守られるべき受益者負担の原則が守られていないと言っています。そして、ブラックボックス化された保守サービスの中身をこじ開けるためには、サービス報告書を、第三者が解析する必要があると唱えます。これを「IT保守コスト外部監査」と呼んでいます。これはおそらく、著者が社長を務めるJTPが販売したいサービスなのでしょう。つまり、この本を出版する目的は、一つは、現在の日本の保守サービス提供方法とその費用に疑問を呈するものであり、もう一つは、自社のサービスを広告宣伝するためでもあると思われます。

〓 ハードウェア保守サービスの行方

 さて、ここからは、保守ーサービスに関する、私自身の意見として書かせていただきます。近年のクラウドコンピューティングにより、ITシステムが所有から利用へと移行すると言われています。そうなると、保守サービスは、結果的にSIerからメーカー側にに移動することになるでしょう。なぜなら、システムメインテナンスを行う主体は、エンドーユーザの手から離れ、クラウドサービスを提供するgoogleやSalesForceに寡占化するからです。おそらくそこでは大規模なシステムをデータセンター内に構築し、仮想化により、システムの分類はさほど明確ではなくなるでしょう。そうなると、ハードウェアメンテナンスは非常に単純な作業になり、たいした技術力は必要なくなると思われます。つまり、ハードウェア保守は単純なパーツの交換作業に代わります。やがて、ハードウェア保守サービスは集約、単純化され、市場が大幅に縮小することになると思われます。問題はサービスの状態に起因して、どのパーツを交換するべきかを見極める技術です。結果的に、必要なのは、サービスの状態を評価する能力と、複合する技術を取りまとめる能力と、いう事になるでしょう。JTPは、この事を予測して、今から布石を打っているように思えます。
 最終的にJTPは、ITサービスの評価会社に移行しようとしているのではないかと私は思います。最近でこそ、SLAといわれるサービスの評価方法が確立しつつあるものの、それは実際のサービス評価に必要な指標の一部でしかありません。しかし、そのノウハウを積み重ねれば、最終的には顧客サービスの評価基準の基礎になると思われます。JTPは「IT保守コスト外部監査」を提供することで、サービス評価のノウハウを蓄積し、将来的にはサービスの格付けを行う礎にしようとしているのではないでしょうか。

〓 この本が述べるているのは正論であるが

 最終章で著者は技術者育成の必要性を問うています。しかし、本書では、そのコストをどこから捻出するかという課題を残したまま最後のページに到達します。全体的に、この本で著者が述べることはほぼ正論であり、顧客の立場に立てば保守コストはもっと下げざるを得ません。しかし、実際には運用保守に必要なコストは、単純にユーザへの役務提供分として切り出せるものではなく、しかも高い技術力を要します。単に保守費用が高いからと、今の保守費用を下げることは、ユーザにとってもサービスベンダーにとってもいいこととは思えません。確かに、ハードウェア保守は単純化される見込みですが、運用サービスは、逆にますます複雑化しています。運用保守という作業を単純に切り詰めて、コストをカットしていけば、サービスの品質が落ち込むのは目に見えています。特にシステム運用は、数値で品質を測れるような単純な世界ではなく、そこに働く人間関係を含めた心理的な要素も影響するものです。ですから、運用にかかわる技術者の育成には、技術スキルだけではなくヒューマンスキルについても、育成のためのコストをかけざるを得ないのが現状です。
 この本の著者が述べていることは、ほぼ正論であると思います。しかし、その正論の適用の仕方があまりにも極端であり、この方法で費用の削減を迫られた保守ベンダーは、技術員の育成や将来への投資、新しい技術者の育成が出来なくなってしまいそうです。保守サービスを見直すことには賛成ですが、コストの算出については、運用保守サービスを提供しているリソースが、パーツやロボットでは無く、生身の人間であることを考慮に入れる必要があると思います。

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