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「ヒューマンエラーは裁けるか」:シドニー・デッカー著

   〓 誰にでも間違いがある、そのこと自体は罪ではないはずなのに 〓

 原題は:「JUST CULTURE:Balancing Safety and Accountability」。直接の邦訳としては「公正な文化:安全性と説明責任のバランスをとる」となる。しかし、直感的には邦題としてつけられた「ヒューマンエラーは裁けるか」の方が、内容に一致している。もし、邦題が原題の直訳であったなら、私はこの本を読むことは無かったであろうと思う。
 この本は、ヒューマンエラーを未然に防ぐ方法論を中心に書いた本ではない。ヒューマンエラーが起こった後に、人々がどの様に対処してきたかについて考察である。そして、実際に犯罪や過失として処遇されたヒューマンエラーの事例を挙げて、これらの対処が形式的であるばかりでなく、今後の社会現象としてのヒューマンエラーへの対処の仕方を誤った道に進めると警鐘を鳴らしている。

 現代は複雑系といわれる。実際、多くの物事が影響しあう世の中になっている。表面的には複雑さは隠されていて、何かをなすことが実に簡単・便利になっている。だからこそ、ちょっとしたヒューマンエラーによる事故の大きさは、計り知れない。例を挙げれば、株式の入札金額と株数を逆に入力して大騒ぎになった事件。誰にでもありうる、ちょっとしたミスといえるが、その影響が大きかっただけに、オペレーションにあたった人の罪は大きいといえるかもしれない。しかし、この事件にはダブルチェックをした人、入力する手続きを設計した人。入力後の取り消しルーチンを設計したシステム側の人など、多くの人がかかわっている。また、システム側に問題があったことも指摘されている。
 このような事故は、当事者(実務者)の起こしたヒューマンエラーを過失として取り扱うことができるか。そして、だれがその線引きをするのか。過失として処罰されたときに、そのことが今後のヒューマンエラーを減らすことになるのか。著者は、この疑問を事例に基づいて解いていく。実際に取り扱っている事例に日本国内のものはない。主に、国外の医療現場と航空事故を事例として取り扱っている。

 本書の論点を絞ると以下のようになる。
1.ヒューマンエラーが過失または犯罪として処罰された事例。
2.ヒューマンエラーを犯罪として取り扱ってしまう社会的、組織的な構造の考察。
3.ヒューマンエラーを公正に評価するための提言。
 これらはいずれにしても非常に難しい問題だと思う。他の方も書評に載せている通り、一筋縄ではいかないのが現実だろう。安全を最優先するために当事者が事故の全容を開示することと、開示者がそのために不利をこうむらないような公正な文化を同時に成り立たせることは難しい。この難しさは以下の文章に集約されていると思う。

48ページ
そして人々はこの問題について話すのもやめてしまうだろう。まさに次の二つの間の緊張状態が生じるものである。
・何もかも公表してほしいと思うこと。
・何もかもすべて許すわけではないこと。

161ページ
インシデントの当事者が、そのインシデントを安全研修につかうことをどれだけ断固として拒絶するかを、ある組織の安全管理者から聞いたことがある。拒絶する理由は、糾弾されるリスクを恐れてのことだった。仮に、完全に匿名性が保たれ、インシデントを特定できないことが保障されたとしても、実務者は強い不安を感じる。無理からぬことであるものの、このことは、自分たちの業務から得られた貴重な教訓を同僚たちに与えることを拒否していることになる。構造的に組織学習する過程は、このようにして骨抜きにされてしまうのである。その原因は、特定の個人に対する司法の介入というごくまれな可能性に対する漠然とした不安感にあるのである。

 ヒューマンエラーについては、畑村洋太郎氏の「失敗学」に新しい。また、本書の監訳を勤めた芳賀繁氏も多数の書籍を出している。海外ではリーズン氏の書いた『組織事故』があり、本書でも引用されている。そこでは既に失敗(ヒューマンエラー)の構造が解明されつつあるが、事故の解明を原因そのものにあてて、つまり実務者の犯人探しをせずに、失敗を後の教訓として生かすことの難しさに焦点をあてた考察は、本書が初めてではないだろうか。
 ちなみに、本書の翻訳にあたり、監修を務めた関係からか、日本航空機長組合のホームページで本書を取り上げている。本書に関して実務者としてエッセンスをうまく取りまとめていると思われるので参考にされたい。
http://www.jalcrew.jp/jca/safety/just_culture.html

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