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「クラウドソーシング」:ジェフ・ハウ著

   〓 (副題)みんなのパワーが世界を動かす 〓

 前回の書評で書いた『グーグル的思考』(ジェフ・ジャービス著)では、主にグーグルを中心として企業のあり方を論じたものでした。今回は同じグーグルを中心とするクラウド化を、もう少し社会経済的な側面から捉えた本です。
 おそらく述べている本筋は同じなのですが、視点が違います。私なりに解釈したそれぞれの本の要約は以下のようになりました。

『グーグル的思考』
→企業はグーグルに倣い顧客をコミュニティとして捉え直し、利益は提供商品からではなく周辺物から得るような、新しいビジネスモデルに移行すべきだ。

『クラウドソーシング』
→企業体そのものが永続的なものではない。人々は就業する会社のメンバーとしてより、コミュニティの一員として直接利益の授受を行うようになるだろう。クラウドソーシングによりそれが可能になる。

 つまり『クラウドソーシング』では、社会現象としてのクラウド(群集)を捉えていて、それが人々の働き方に大きく影響するであろうことを述べています。この本の冒頭でその変化について以下のように述べています。

23ページ
クラウドソーシングには一種の完全な実力社会を形成する力がある。家系も、人種も、性別も、年齢も、資格もまったく関係ない。仕事そのものの質だけが問われるのだ。
24ページ
じっさい、職業という概念そのものが産業時代の遺物となる可能性──あるいは恐れ──も、クラウドソーシングには含まれている。


 『グーグル的思考』や関連する書籍では、今後社会構造自体が変化するであろう事を予測しています。そして企業のあり方や就業形態に変化があると述べていますが、この本では、人々のライフスタイルだけではなく、もっと大きな構造変化が起こるであろうことを予測しています。

139ページ
もちろん、企業はまだ絶滅危惧種の候補にすらなってない。だが、このことは覚えておけば便利である。つまり、産業時代のもっともよく目立つ象徴である企業は、それほど長い歴史をもつわけではなく、不変の存在であるとはけっしていえないのだ。


〓 企業とコミュニティとの関係

 ネット上で個人と個人が結びつきやすくなったために、そこで形成されるコミュニティが、企業より大きな力を持つようになっています。過去にも同じようなことがあったようにも思えます。それは、民主主義の発端を作ったフランス革命の様でもあり、日本がそれに倣った明治維新であったかもしれません。主権が王政から民衆に移ったときのように、力関係が、資本主義(企業)からネット上のコミュニティに移っていることがうかがえます。この本では、その現実的な例として、グーグルがユーチューブ買収で得たものを、実際には企業ではなくコミュニティあったと述べています。

154ページ「企業とコミュニティの闘い」
 グーグルが大金を出して手に入れたのは、サンブルーノのオフィスに収まった専門的な技術ではなかった。動画を製作し、それをユーチューブに投稿する数百万のユーザーと、彼らがそのサイトにアクセスする頻度である。簡単に言えば、コミュニティ──動画を使って対話するためのユーチューブを利用する人々──を金で買ったわけだ。


 このように、高い階層から低い階層へと力関係を移行させるものな何なのでしょうか。それは情報の流通経路の変化によるのだと私は思います。フランス革命を成しえたのも、活版印刷が一般的となったためであり、現代はそれと同様の変化をインターネットが可能にしています。現在の書籍の電子化がグーテンベルグからグーグルベルグへといわれるのは、その表れといえるのではないでしょうか。そして、その情報配信能力の違いが、この本で紹介されている「スレッドレス」や「アイストックフォト」などによる新たなコミュニティビジネスを生成している理由だと思います。

 つまり、従来は企業を仲介しなければならなかった情報交換のチャネルが、インターネットを介することでそこに接続するコミュニティに解放されたことが、企業の力を失わせている一番の原因ではないでしょうか。結果的に『2011年新聞・テレビ消滅』で述べられていたように、チャネルが開放されたことで多くの製品・サービスに対する評価が直接群集へと移りました。特に情報・コンテンツに関してはより効率的なチャネルとして扱われるようになったといえます。全世界がインターネットで結ばれたことによる、従来の労働効率の違いについて、本書では以下のように述べています。

161ページ
ハーヴァード大学の法学者のヨハイ・ベンクラーは2006年に『豊穣のネットワーク──社会的生産はいかに市場の自由を変えるか』を発表し、…(中略)…動機は外部から来るものと内在するものの二つに分類される。…(中略)…調査によれば、オープンソース・ソフトウェアのプログラマは内在する動機によって行動するという。
…(中略)…つまり、オンライン・コミュニティのほうが企業の管理する労働力よりも効率的に働けるのはどうしてかということだ。簡単に答えれば、コミュニティは能力のある人々を見分け、彼らの作ったものを評価することに長けているのである。コミュニティのもつこの作用は、いまや情報経済の核心になりつつある。情報経済での原材料は鉄や鋼などではなく、ベンクラーの言によれば、「人間の創造的な労働」である。


〓 クラウドソーシングによるメガ集合知の効用

※「メガ集合知」は、この本の筆者が述べる「群集」を知識提供者としてみた場合の呼び名として、私が便宜上作った言葉であり、本書には「メガ集合知」なる言葉は出てきません。

 本書の次の引用では、情報流通のチャネルが群集に対してオープンにされたことにより、企業側の問題解決手法が大きく変化したことを示しています。「イノセンティブ(本書ではインノセンティブと表記)」は科学的な未解決の問題に対する解決策を、ネット上で公募するサイトです。ここでは、企業が持つ閉鎖性と、「イノセンティブ」に代表されるオープンな形式による問題解決手法とのジレンマとして紹介されています。

215ページ

効果的に解決を得るための鍵は、インノセンティヴのように大規模なネットワークを利用し、課題をおおやけにすることである。あるいは、ふたたびラカーニの比喩をもちだすが、自分の花になるべく多くの昆虫を引きつけることだ。これは、言葉でいうのは簡単だが、実行するとなると困難である。「企業の構造は、社内の問題を社外に公表するようにはできていない。従来の企業文化では、部外者が内部情報に接触する機会を増やすのではなく、制限することが重要なのだ」そして、社内でどうしても解けなかった課題にしても、まさに内部情報ではないだろうか?もちろん、潮流に逆らって泳ごうとする企業は、それを公開すればいっそう大きなチャンスを得ることができる。

 日本とアメリカでは事情が異なるようです。日本国内ではどこの会社でも、セキュリティについて過敏になるあまりに、どことなく大勢が内向きになっているのではないでしょうか。その事が、明治維新の時のように、社会的変化への対応を遅らせているような気がしてなりません。

 最近、米フェースブックへのサイト訪問者数のシェアが、週間ベースでグーグルのそれを超えたとの発表がありました。フェースブックは日本のミクシィなどとは異なり実名による登録を条件にしています。これは一見セキュリティ上の危険を孕んでいるようにも見えます。しかし、全員が実名を使うという条件が、むしろ匿名を使うことの異質性を浮き彫りにすることで、犯罪リスクを押さえ込んでいると思います。

 つまり、匿名で参加すること自体が、その参加者への信頼性を低下させることになるため、犯罪への抑止力を働かせているのだと思います。仮想パーティーが、匿名であることで特異なコミュニケーションを形作るのとは逆に、一般的なパーティーは実態のある相手とのコミュニケーションを目的としているはずです。そこは信頼に基づいた実利的な取引の場といえるでしょう。そう考えると、従来の匿名によるネットへの参加に比較して、フェースブックのような実名参加は、より成熟したコミュニティーの形成を促すと思います。

〓 グーグルが成しえたその後に来るもの

 本書の最後のほうでは、やはりグーグルが登場します。結果的にこれらのコミュニティを形成する基盤を作ったのは、他でもないグーグルであると著者は述べます。

327ページ
われわれの集合的判断は、ウェブ、すなわち史上最大の情報の倉庫の中をきちんと整理する主要な力になっている。そのすべてを可能にするエンジンは何かって?グーグルである。
 グーグルの検索エンジンは、群集に情報──新聞記事でも、ブログでも──の重要性を判断する力を与えた。すると、ウェブの様相はそれまでのお馴染みのものから一変した。グーグルが登場するまでは、注目に値するものを決定するのは専門家で、群集ではなかった。


 この後著者は、人々が直接群集に対して何かをなす、つまり個人が群集に対して直接貢献する世になるだろうと述べます。従来は企業が社会貢献の引き換えとして利益を得て、その先に個人があった。つまり個人は企業を通じて社会貢献をしていたものが、チャネルとなる企業を飛び越して直接群集に対して個人が貢献するようになるだろう、ということをいっているのだと思います。

今後、デジタルネイティブである私たちの子供の世代が社会の中核となったときは、まさにそのような社会になっているかもしれません。或いは、あい変わらずサラリーマンという生き方が殆どなのかもれません。そのヒントは、以前の日本に会社という組織形態ができたのが明治維新の頃であったことを思い出せば見つかるのかもしれません。

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