「村上式シンプル仕事術」:村上憲郎
〓 乱立する自己啓発本の中で、理系の方にお奨めの良書 〓
書店の棚にひしめく自己啓発本、特に勝間勝代さんの本はすごいです。これって出版側の思惑がそこに集中しているのではないか、と思えてくるくらい。
しかし、この本はそういった類の自己啓発本とは明らかに一線を画しています。そもそもその事を著者自身が本書の中で述べているわけです。
170ページ
私は本書を、従来のビジネス書とは少々違ったものにしたいという思いで書きました。
…(中略)…
ですが、私はそれ以上に「世代間順送りで人類が存続するために、世界67億の人類に衣食住に代表される財とサービスが行き渡る社会を作る」という経済学の目的(マンキューの言外の指摘を私的に解釈したところの目的)に思い至ってもらえる本にしたかったのです。
それでどこがどう違うのか、というと、まず本書の構成を見てください。シンプル仕事術、というだけって、構成もシンプルです。そして、第1部では会社の仕組みを知りその為にも簿記の基本を身につけるとあります。簿記を学習する私にとっては嬉しい限りです。ところが、第2部ではアメリカを知るために宗教の違いを説明しだします。ここではかなり私も面食らいました。およそ自己啓発本らしからぬ展開になってきました。第3部になるとやや落ち着きを見せた感じで、経済学を学ぶべし、ときます。マンキューとハイエクを指名します。どちらもクルーグマンやフリードマンと比較するとあまり聞きなれない名前です。
第1部 村上式・仕事における7つの原理
大切なのは、全体像をつかむこと
原理その1 会社のしくみを知る
原理その2 財務・簿記の基本知識を身につける
…(一部省略)…第2部 グローバルに仕事を動かす4つの知識
知識その1 キリスト教の基礎を理解する
知識その2 仏教の基礎を理解する
知識その3 西洋哲学の基礎を理解する
知識その4 アメリカ史の基礎を理解する第3部 仕事に活かす3つの経済学
経済学その1 心優しき日本人の陥りがちな陥穽(経済学オンチ)
経済学その2 マンキューの経済学を学べ
経済学その3 フリードリヒ・ハイエクの自生的秩序がもたらすもの第4部 理系諸君へ
理系ビジネスパーソンは、これ以上勉強しなくてよし
理系と文系が同じ給料って、おかしくないか?
理系諸君、量子力学を学べ
理系諸君におすすめの「量子力学本」付録 おすすめ書籍
第3部の最後で著者はこんな種明かしをします。
さて、もう気づかれた方もいると思いますが、この経済学の第3部は、実は第1部へとつながっているのです。
きれいごとを言っても、基本的には私利私欲で営まれる会社員としての仕事が、会社組織を通して財務諸表に表される資産の増加という形で、基本的に私利私欲に基づく私企業の業績に貢献する。そうやって人類社会全体の生産性の向上に寄与できた企業だけが、市場の競争の中で存続を許されるのです。
と、まあ、実は個人的にはこの部分、少し残念なところです。なぜなら、著者はgoogleの副社長を務めたほどの人物であり、そして、Googleのイメージと財務諸表があまりにもかけ離れているからです。私個人の感想ではありますが、Googleの社員って財務諸表を読んだりしないで、もっと技術的に楽しいことに集中しているのではないのか?といった期待から外れた感じがしました。Googleという会社が社員に求めていることは、そこにとどまらない、ということなのでしょうか。著者の理系人間至上主義的なところは、確かにGoogleのイメージと一致するのではありますが。
それでもこの本の全体を考えるなら、非常に価値ある本に思えてきます。第1部から第3部までの一見関連しにくい要素を連関させる独自の展開は、gmailを活用すればこんなに効率的、だからがんばってね!的なHOWTO的な自己啓発本には無い啓示を与えてくれています。逆説的ではありますが、著者の主張は、個人的な金儲けのために自分の能力を高めようとする自己啓発ではなく、もっと人類のことを考えて、自らが社会のために出来ることの幅を広げなさい。と言っているようにも思えます。
さて、この本の少し細かい点に触れます。この本を読んで一番の収穫は次の一行でした。マンキューの書籍から10の原理を転載した箇所の一行です。
168ページ
出所:『マンキュー経済学1第2版 マクロ編』より
第8原理 一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している
著者は特にこの部分には触れていませんでしたが、私は実はこの原理を知りたいと考えていたところでした。おそらくこの原理は個人にも当てはまるべきで、だとすると、正社員以上に働いても生活水準が上がらない派遣社員という生き方はいかにも矛盾しているように思えてならないからです。マンキュー本が果たして私に読み下せるのかはなはだ疑問ですが、今度一度手にとってみようと思いました。
それと、最後の第4部では量子力学本を薦めていますが、ここに「宇宙を織りなすもの(ブライアン・グリーン著)」が登場することを大いに期待しました。でも著者の推薦本はどれも文系には手ごわそうな本ばかり、まあ私は理系ですがそれでもちょっと手が出しにくい。私が言うのもなんですが、もう少し文系人間の気持ちも汲んでほしかったです。
少し癖がある(理系傾倒)本ですが、しかし久々に紹介されている数々の本を読んでみようという気にさせる本でした。おそらく即席でスキル向上を求める方には少々つらい本かもしれません。そのことについても、本書の中で注書きされれていることは、最初に示したとおりです。ご本人の推薦はありませんでしたが、というかこの本自体が前著の不足分を補う形で執筆していますが、前著の「村上式シンプル英語勉強法」も読んでみようと思います。それを今やっている中国語学習に役立てられないかと…少し期待しています。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- いまこの三冊の本を読まなけらばならない理由(2017.01.21)
- 日本史ねなんて言わなくていい世界 『朝がくる』 辻村深月著(2016.06.03)
- 美化されつつある死を見極めよ 『総員起シ』 吉村昭著(2016.01.17)
- やはり医者はバカだ 『破裂』 NHK(2015.11.22)
- そこまでいって委員会的問題作 『破裂』 NHK(2015.11.15)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント