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「クラウド大全」:中田敦他著

〓 現実的な、クラウド化する世界 〓

〓世界がクラウド化することを前提にビジネスを考えなければいけない、と思わせる一冊

 副題に「サービス詳細から基盤技術まで」とあるとおり、技術的な記述もふんだんに含んだ本です。著者が「田中敦『他』」となっているのは、全10章をそれぞれ異なる著者が書いたオムニバス形式になっているためです。クラウドという社会現象的な解説をする章もあれば、クラウド上で実際何ができるかを、手順を含めて解説する章もあり、技術書に近い印象を受けます。プログラムリストや設定画面などを掲載する関係からか、全ページが横書きになっています。

 私も概念的にはクラウドコンピューティングを理解したつもりでいましたが、この本を読んでその実際をやっと理解できました。その内容は、今まで思っていたよりも衝撃的です。クラウド化によってコンピューティングがより便利になるということ以上に、それは既にコンピュータと呼べるものではなくなることを予感させるからです。例えば、今ここにこうしてある(私がこの文章を打ち込んでいる)コンピュータも、実際にはネットに接続しなければ役に立たない代物になりつつあります。さらには、以前は目の前のコンピュータで開発をしていた環境が、ネットの向こう側にあるクラウドを開発プラットフォームとする日がもうすぐやってくるということです。いや、もう実際にそれは行われています。
 クラウド上では個人単位でシステム開発が行えて、同時に膨大なコンピュータリソースを活用できるのです。おそらく、1980年代に個人がソフトウェアを開発して数々のベンチャー企業が立ち上がった、あの頃と同じような状況がこれから起こるのではないでしょうか。iPhoneではそのような状況が既に起こっています。そして、もっと大きい規模のアプリケーションを個人が開発できる環境が整っているということを、この本は示してくれます。

 以下の目次に示すように、この本は3部構成になっています。

第1部 クラウド入門
第1章●今、何が起きているのか 中田 敦 日経BP社 日経コンピュータ編集
第2章●クラウド登場の背景と将来展 小林 雅一 株式会社KDDI総研 リサーチフェロー
第3章●連携強まるモバイルとクラウド 石田 愛 クラウド研究会
浦本 直彦 クラウド研究会

第2部 サービス詳細
第4章●Amazon EC2 中田 敦 日経BP社 日経コンピュータ編集
高橋 秀和 日経BP社 ITPro編集
第5章●Google App Engine 松尾 貴史 サイオステクノロジー株式会社 エンジニア/株式会社キャンディット 代表取締役社長
第6章●Force.com 岩上 由高 株式会社ノークリサーチ シニアアナリスト
第7章●Windows Azure 酒井 達明 株式会社日立システムアンドサービス研究開発センタ

第3部 クラウドを支える技術
第8章●3階層で見るクラウドの分散処理技術
西方 公一 株式会社野村総合研究所 基盤技術部 上級テクニカルエンジニア
第9章●大規模分散処理基盤の開発 森 正弥 楽天株式会社 楽天技術研究所所長
第10章●Hadoopの概要と検証 太田 一樹 株式会社プリファードインフラストラクチャー 最高技術責任者

 第1部では、クラウドの概念について記述しています。私たちの日常では、コンピュータはコモディティ化して、誰もが生活で活用するようになりました。かつてはメールやWebページなど特別な存在だったものが、今は誰もが扱えるようになりました。そうして、ファイルサーバやアプリケーションまでもが、ネット上で安価に提供されるようになっています。これらを実現しているのは、仮想化技術の発達と同時に、以下の引用にあるように、規模の経済が働いたからであると第1部の著者は述べます。

11ページ
データセンターの規模の経済
 米国カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)のReliable Adaptive Distributed Systwm Laborratoryが2009年2月に発表した論文によれば、5万台以上のサーバーを運用する大規模データセンターは、1000台以下のサーバを運用するデータセンターに比べて、ネットワークコストが7分の1、ストレージコストが6分の1、管理コストが7分の1になるといいます。
 大規模データセンターにおける運用コストが低い理由のひとつは、人手を極力排していることです。大規模データセンターでは、ハードウェアに障害が発生しても、修理をすぐには行いません。すべてのサーバは仮想化されているので、故障したサーバーで稼動していた仮想マシンを、別なサーバーに移動するだけなのです。故障したサーバーは、定期的なメンテナンスをするだけ。これでデータセンターの保守スタッフの数が抑えられます。マイクロソフトは、1人のシステム管理者が管理するサーバー台数の目安を5000台としています。

 第2章の48ページでは、ニコラス・G・カーが『クラウド化する世界』で述べていたことをこの章の著者が要約して、以下のように書いています。

48ページ
19世紀の電力はみな自家発電でした。つまり電力を必要とする企業は、みな工場の中に自家発電の設備を備えており、それを当然と思っていました。しかし20世紀に入り、それまでの自家発電に代わって、巨大発電所を中心とする配電ネットワークが整備されたことで、エネルギー価格が大幅に下落し、社会の工業化が大いに進みました。
 このような発電で起きたことが、21世紀には情報処理で起きようとしています。

 いずれ私が使っているような形のコンピュータはほぼ必要ではなくなり、もっと単純な、ブラウザが機能するだけのコンピュータに変わっていくことでしょう。それは、コンピューティングという計算処理能力がもはやローカル(手元)にある必要性が無くなるということです。ローカルでハンドリングする必要のある情報は、ごく一部にとどまるでしょう。それらの情報処理は、プライベートクラウドというインフラ上で実行されると言うのが、大方の見方です。IBMはいまその市場確保のために動いています。

43ページ
IBMのプライベートクラウド
ちなみに6ナインの稼動保障とは、1年間の不稼動時間を32秒以内に抑える事を意味します。本当に実現できれば、いわゆる基幹系業務にも活用できるでしょう。またクラウド化によって、IBM社内の例では、システムの構築・運用コストを従来の半分にできたといいます。

 この後、第2部に入ると本書は技術書へと切り替わります。第2部では単に本を読むだけでは身につかることが困難な、実際のクラウドコンピューティング実践のはじめの一歩に切り替わります。そのため、私自身はこの第2部を半ば読み飛ばすような形になりました。今後クラウド上で何かを成そうと、あるいはためしに開発しようと考えている読者には、第2部は意義のあるページだと思われます。

 Hadoopやその他のクラウドインフラ技術に関するトピックは、第3部で得ることができます。さらに衝撃的なことに、第3部第9章では楽天の開発者が執筆しています。楽天はコンピュータ上でシステムを開発する会社というイメージは無かったのですが、今後はSIerにとってのお客様ではなく、一部競合となることを意味しています。この本を読んではじめて知ったのですが、楽天ではAmazonと同様新たなサービスを提供するために、楽天研究所を設けています。楽天の執筆者が語るのは、情報爆発という現象です。実際に私のような一般人が、ブログに記事をアップするたびに情報は増え続けています。
 著者は、この状況にたいして、情報爆発に対して対処できるアプリケーションを日本国内で開発しています。AmazonやGoogleと同じ経緯によって、楽天は新しい会社になろうとしているように感じます。

 ここに述べられている事象は、かつてWeb2.0と呼ばれていました。IT業界では数々の言葉が生まれ、そのたびに技術的な成熟へと向かってきました。すでにITではなく、ICTと呼ばれ事から分かるように、情報を中心とした技術は新しいステージへ切り替わろうとしています。今までのICT技術が成熟し、やがて融合してまったく新しいインフラに切り替わりつつある。そう実感させてくれる一冊でした。

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