書評:「これまでのビジネスのやり方は終わりだ」~あなたの会社を絶滅恐竜にしない95の法則
〓 今現実がうねっている、その原点がここにあった 〓
共著:リック・レバイン、ドク・サールズ、クリストファー・ロック、デビッド・ワインバーガー
それはつまり、この本は2001年に出版されたのにもかかわらず、今の現状をほとんど言い当てているということ。この事実は驚きです。古い本のため、あまり注目されることなく、ブログやAmazonサイトでも書評はわずかです。しかし、この本は前回紹介した「クラウド」や「グーグル」に関する書籍に書いている内容とその多くが重なってみえます。クラウド(crowd=群集)に関する最近の書籍は、殆どこの本が原点となっていると言っても過言ではありません。それはまるで、今現在をつらぬく歴史書を読んでいるかのようです。
もしかしたら日本語のタイトルがいけていないせいで、国内ではあまり話題にならなかったのかもしれません。この本の原題は「cluetrain manufesto(クルートレイン宣言)」です。
ここで申し上げておきたい事があります。この本をインターネット上のビジネスについて書いた本だと勘違いしてはいけません。まして、インターネットの活用術を書いた本でもありません。そうではなくて、ビジネスそのものが大きく変わると彼らは言っています。まず以下のサイトにアクセスしてみてください。
この本の原案は、このサイトに寄稿された記事を元にしていています。ほとんどは英語で書かれていますが、日本語訳も多少は載っているから安心です。
さあどうぞ!
再び私のブログに戻ってきてくれてありがとう!。おまけにサインまでしてきてくれて感激です!。
皆さんは2001年の頃のことを覚えていますか?。その頃といえば、検索サイトはYahoo!が主流で、googleが今のような大企業になるとは誰も予想しませんでした。そんな時期に、この本の著者らはSNSやTwitterによるソーシャルメディアの出現を予想しています。「ああ、なんで出版当時にこの本を読まなかったんだ!」と悔いるために、今この本を読むことをお奨めします。
しかし、読んでみると「なんて読みにくい文章なんだ。言いたいことを整理してから本にしろ!」とつっこみたくなるかも知れません。しかし、それは彼らが「肉声」で語っているからで、決して手を抜いたからではないことを断言しておきましょう。そう、この本の大きなテーマのひとつが「肉声」です。さらに、主に今につながるキーワードは次の3つです。
1.頭脳空間
2.物語
3.肉声による対話
〓 1.頭脳空間
少し前までWeb2.0と言われ、今はクラウドと呼ばれるもの。それをクリストファー・ロックは「頭脳空間」と呼んでいます。この言葉は「第1章 インターネット黙示録」の最後のほうに出てきます。まさにこれは黙示録。預言書と解釈してもかまわない。それでは、次の引用を読んでみてください。そして「頭脳空間」を「クラウド」と読み替えてみましょう。
88ページ
企業は、次の三つの条件さえ守ればいい。
①企業にいるのは社員だけだ。だから、その社員を企業のためにプレイさせなければならない。
②企業もプレイしなければならない。しかしそれは今よりも真面目になって目標に向かって何かをすることではない。
③これは②に関連している。企業は少なくとも、「頭脳空間」が意味するところをおぼろげであっても理解しておく必要がある。
辞書を見ても、「頭脳空間」という単語は出ていない。しかし、尋ねて回ることはできる。「頭脳空間」の大まかな意味をつかめ。もし、企業が「頭脳空間」の意味を理解出来たら、われわれは企業をクールなやつと思い、企業の素晴らしい製品を大量に消費することだろう。
さて、もしこの本が預言書なら、「頭脳空間」すなわち「クラウド」の意味を理解する企業が出てきても良い頃です。それがDellです。いまや顧客満足度がNo.1のDell。クールです。私たちはその企業の素晴らしい製品を大量に消費しています。Dellが顧客満足度を勝ち得たのは、彼らが、あるいはマイケル・デルが「頭脳空間」の意味を理解したからに他なりません。
〓 2.物語
では、その「頭脳空間」つまり「クラウド」の中に溜め込まれているものはなにか。データの塊もあります。しかし、最も多いのは物語です。
この本で最初に出てくるのは、110ページから登場する当時はまだ絶滅前の自動車ブランド「サターン」のユーザーとディーラーの物語です。(残念ながら、サターンは2010年10年までの絶滅確定危惧種に指定されている)。
さて、その物語は「サターン」のオーナーのためのニューズグループ(現在のSNSのようなもの)にアクセスして、ある女性が記事を投稿したから始まります。ニュースの件名は
件名:「わたしはサターンディーラーにボラれているのでしょうか」
件名から分かるように、これは単純な問いかけです。しかしこの問いは「頭脳空間」のなかにアドレナリンを投じることになりました。色々な人が彼女に対して同情したり、新しい情報を供給したりします。しかし重要なのは、まさにサターンディーラーに勤める技術者が、正しい答えを出したことです。つまりただ一人ではあるものの、肉声を発する人がいたってことです。
実質上は、肉声で答えること、つまり、会社の利害を超えて誠実な人間として顧客の声に答えることは難しいことです。しかし、そのフィールドが「頭脳空間」となったとき、それが可能になります。いや、場合によっては会社がそそくさと割り込んできて本当の会話をとめてしまう場合あります。それでも、「頭脳空間」が現在のように地球規模で広がっている現状では、彼らが肉声の会話をさえぎることは難しいでしょう。
131ページ
だからこそ、企業においては、できるだけ多くの人が自社の顧客に対して語りかけるべきなのだ。たった一種類しか存在しない「企業の物語」など、自由な対話の世界から見ればフィクションに過ぎない。企業の物語は、企業の文化と同様、時間をかけ、幾多の接触や対話を通じて、そして物語を語る機会を通じて、企業内の人々が伝えるものなのだ。
企業が成功する上で、物語が果たす役割は大きい。物語はわれわれの教育に一役買っている。われわれは物語を通じて知識を同僚に伝える。そのことで、われわれは共通の使命感を持つようになる。
〓 3.肉声による対話
例えば、「ポテトはいかが?」は肉声ではありません。おそらくこの場合は、「あなたはダイエットしたほうがよさそうだし、ポテトなんて食べてる場合じゃないわ!」が肉声。
この肉声が顧客に受け入れられるかどうかは別として、顧客から見たときの肉声による対話は、その人が直接話しかけているか?ということが重要なのです。
マスメディアが失ったものは、まさにこの肉声による対話です。失ったのではなく、マスメディアであるがゆえに、作られた言葉でしか語ることができなかった、ということかもしれません。やがて、マスメディアは、ミドルメディア、もしくはTwitterなどによるソーシャルメディアに取って代わられるのは確実です。もちろんマスメディアがなくなるわけではありません。しかし、それはひっそりと影を潜めて、クラウドの中に自律するメディアとして再構築されていくのではないでしょうか。
このように、画一化された会話、つまり肉声ではない会話が成される原因は、個人にあるのではなく、企業のあり方によるものです。そして、まずはDELLがその企業のあり方を大きく変えています。
DELLは電話サポートだけではなく、修理の現場にもこの新しいやり方を持ち込んでいるようです。発送や持込ではなく、出張修理という古くて新しい試みを開始しています。つまり、サポートサービスに対する考え方そのものを大きく変えて、会社、ではなく、社員と顧客との対話をより多くしているのです。
但し、現状の企業においては、特に日本国内の企業では、「頭脳空間」やサービスで顧客との対話を、しかも肉声による対話を交わすには、大きなハードルを抱えているのかもしれません。この本では、そのことによって企業の殆どが絶滅危惧種になることを予測する理由を、以下のように述べています。
133ページ
社員と顧客の間のコミュニケーションをもっと自由にすると、法的なリスクが発生する。単一の、厳格に管理された部門から声明を発表するのが習慣化している企業から見れば、こうした対話の変化は恐ろしいものかもしれない。ウェブ化された世界と、従来どおりのビジネスが交錯する領域は、法的な課題が未整備なままの部分だ。現状では、こうした現実に対して法律がどう進化して行くかを見守っているところだが、企業としては、どちらがよりダメージが大きいかを検討しておくのがいいだろう──沈黙を守るか、それとも多くの肉声を通じて顧客に語りかけるか。自由な言論によって発生しうる法的なリスクは、「話さない」ことの口実になるだろうか。
139ページ
企業は対話を通じて企業組織の内外の人びとを交流させなければならない。あなたの企業がそれをしなければ、どこか別のところがそれをする。まず、話しかけることだ。
ポッドキャスト番組の「伊藤洋一のRound Up World Now」をご存知でしょうか。実は、最近、伊藤さんがTwitterを始めたとたん面白いことが起こりました。新しく始めたTwitterによって、今までポッドキャストのスタッフあてに出されていたリスナーからの声が、Twitter経由で直接伊藤さん宛てに届くようになってしまったようです。スタッフは少なからず慌てたといいます。Twitterは従来の放送というメディアを中抜きして直接情報の発信側と受けて側を結び付ける。これは今後頻繁に起こるであろうことの、その一つ例と言えます。
結果的に、ビジネスも会社という存在を中抜きして、個人と個人を結びつける形で成り立つようになる可能性が十分にあります。これは今から100年以上前、かつては人と人とが直接言葉を交わして取引を楽しんでいた市場(いちば)の復活を意味しています。
最近の象徴的な出来事には、漁船が獲った魚をその場(船上)で直接消費者に販売するという試みがあります。そこで始まるのは、生産者と消費者による肉声による対話、となるでしょう。
180ページ
しかし、ビジネスは虚構ではない。ビジネスは家族や国家と同じくらい現実的な存在だ。あらゆる社会的実在と同様に、ビジネスは部分の総和として口を開く。
つまり、実際に話をするのは、一人ひとりがビジネスの部分を構成している個人や、部分と部分の間を構成している個人なのだ。205ページ
ウェブは本来的に情報、マーケティング、あるいは販売のためのメディアではない。ウェブは人びとがそこで出会い、会話を交わし、関係を持ち、愛しあい、そして一緒に楽しむ世界なのだ。事実、ウェブの世界は、ビジネスの世界よりも巨大である。そしてビジネスの世界を呑み込みつつある。それとなく聞こえてくるざわめきは、その消化音にほかならない。
この変化は根本的なものであり、現状の否定以上のものである。ビジネスの砦の前に大きな「ノー」を突きつけて、「おお、壁が崩れ落ちてきた」と言うだけで現状を変革できるものではない。現状の正反対は、城壁のない都市を作ることではない。砦を構えるビジネスの正反対は対話である。
さて、この肉声の対話による新たな人々の結びつきに関連して、数ページにわたり綴られている内容として、特に熱く語っている部分をピックアップしてみましょう。
そうすると、次のような言葉が浮かんできます。
258ページ
設計の早い段階で顧客と取引先を取り込める企業は、より良い製品を提供できる。このことによって相互の信頼と歓びの絆を深められる。「軋轢のない」ウェブの世界で機能するのはこの絆だけだ。
261ページ
ハイパーリンクは、企業の階層組織を打ち破り、砦を構えるビジネスを打ち破る。
ビジネスは対話なのだ。
今のICT業界やメディア業界などで起こっている現実を掛け合わせるなら、まさしくこの本で述べられたことが具体化しつつあります。特に最近のTwitterの流行は明らかに個人と個人の肉声による対話を生み出しているといえるでしょう。革命的な事実が訪れるのは、そう難しい話ではなく、この本に書いている考え方を理解する人の数が、ある閾値を超えることで突然訪れるのかもしれません。
いや、これは幻想で、もしかするとこの「クルートレイン宣言」は今後も大きく取り上げられることはないのかもしれません。しかし、そのときこそ、先に「クルートレイン宣言」を理解した人々はより早く流れの先頭に立つことができるでしょう。潮の流れを知らないよりは、知っていたほうが早く魚場にたどり着けるのは当然です。
もし、未来を選択することで歴史が作られるとするなら、私たちは既にネット上に浮遊するこの選択肢を選んでいるのかもしれません。
2005年6月1日:栗原潔のテクノロジー時評
今さらながらの「クルートレイン宣言」
2007年9月3日:衰弱堂雑記
Web2.0? まずはクルートレインマニフェストを読み返すんだ
2010年2月12日:ZDNetJapan
クルートレイン宣言から10年--リアルタイムの「対話」が企業を変える
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