書評「あの日『負け組社員』になった…」:吉田典史
副題:他人事ではない"会社の落とし穴"の避け方・埋め方・逃れ方
〓 痛い本、だが若いうちに読んでおいたほうがええ
この本の構成は、著者が取材しただいたい300人前後の中小企業における事例が、一件につき約8ページにわたり掲載されています。事例の数は全部で25件。どれもこれも、会社のドロドロに巻き込まれた人の痛々しい行く末ばかり。なんというか、ブラックな「読むクスリ」、そんな感じ。しかし、実録とはいいつつも、結構特殊な例はあるみたい。普通の会社ではこれはアリエン、というのが半分。ということは、残りの半分は、どっかで聞いたような話か、または身につまされる類いの話で、やっぱこれが現実だ、と、自分が持っていた正論の部分に深く突き刺さります。
大方あてにならない私ごときの過去の経験から言えば、尊敬できる上司なんて、そうそう居るものではなく、大体が能力不足か、その上権力を振りかざすのが一般的な上司。大きく3つに分類すると、こんな風になると思う。
王子様:人はいいが能力不足、人格者と上司に勘違いされて引き上げられたタイプ。もともと能力のない上司は能力のない部下を引き上げるからね。そうしないと自分の身が危険になるから。
お役人様:親会社や他社から降臨、部下を苦労させるのが上司の仕事と勘違いするタイプ。いずれ出向の身は解かれるからと、仕事に対しては他人事のように対応するのが普通。
裸の王様:常に上を向いて歩く、部下のみならず周りを踏み台にして得られた権力を全て自分のために有効活用するタイプ。手練手管で人を貶めて自分はその上に乗る。こういう上司はもっともたちが悪くて、ヘタにこちらが頭角を見せたりすると、早めに摘み取られてしまう上、ライン上のどの上司ともパイプを持っているからその部署にいる以上は、泣かず飛ばずで間抜けな社員を演じるより無くなる。
おそらく長いサラリーマン人生では、ごく普通にとんでも上司に出会うと思う。会社の文化にもよるのだろうけど、自分が出会う上司の半分以上は3つのどれかに当てはまると思って間違いない。そうなると、早々に芽を摘まれないようにするためには、とんでも上司とはかち合わない(反目しない)ように浮遊しつつ、ヒエラルキーの直列上に存在する他の上司と仲良くするしかない。結果的に、サラリーマンの出世はいかに力のある上司に気に入られるかで決まる、というこの本に書いたとおりの道筋をたどることになる。
もしもあなたがサラリーマンなら、会社のために正しいことでも、自分のためにならないことは上司に進言したりしてはいけない。そんなふうなこの本に書いてあることは、まさに世にいう、裏側にある「正論」(つまり本音)。ただし衰退する企業にとっての、という注釈をつけておく。
ただ上司に取り入れば仕事ができなくても出世できるかといえば、決してそんなことは無いし、それではあまりに悲しすぎる。いくら保身で身を固めた上司でも、部署内の周りの目を気にして不平不満が起こるような人選はしない。つまり、出世の条件の第一が上司に気に入られていることで、実務能力はその次。結局この本にあるとおり、日本では成果主義は虚像でしかないこの現実。結果的にサラリーマンである以上はこの呪縛から逃れることはできません。
〓 技術者を生かせる上司が不在のパラドックス
では、サラリーマンのなかでも技術職の場合はどうかというと、上司がもともと技術者であれば、技術力を高く評価して給与面で優遇する場合もあるかもしれないが、しかし、役職をつけるかつけないかは技術ではなくマネジメント能力が要求されることになるので、相対的に技術力による評価は配分が少なくなる。むしろ「あいつは技術力はあるのだが・・・」と、ヒューマンスキルのちょっとしたマイナス部分を引き合いに出して、ちゃっかり評価を下げてしまう場合もあるしね。
技術の進歩が激しい今の世では、部長クラスになれば技術なんてどうでもいい場合が多い。自分たちには技術力なんてもう無用の長物、とにかく現場は事故を起こさず、効率よく働いてください、というのが彼らの本音だと思う。結局、たとい高度な技術職人でも、人事や処遇に関する殺生与奪が上司に与えられている以上は、上司に嫌われたらその時点でアウト。上司に技術力を認めてもらおうといった幻想は、30代に捨てたほうがいい。40代になって、自分が上司なっていれば、技術重視の組織を創っていたのに、と考えても、そのときはもう遅い。もしそういったことに耐えられないのであれば、iPhoneアプリでも創って独立するしかないんじゃないかと思います。
それにしても、本書に掲載されている事例はあまりにも陰湿で、ちょっと読むに絶えない部分も多い。これが日本だからなのか、あるいはどこの国にでもあることなのかについては、結構気になるところ、ではある。
その辺のことについては、以下のブログ記事が参考なるので紹介しておきます。
・「職場は楽しくあらねばならない。驚きの米国職場体験」
・「ガラパゴス化する日本の開発環境」
このような日本のお寒い現実は、PMに関する著書「問題プロジェクトの火消し術」にも次の通り折込済み。
(46ページ)
(問題プロジェクトの)中止の難しさは、日本型組織の悪しき習癖に由来する部分も大きい。本来であれば勇気のある撤退を決断しなければならない状況下でも、上層部がユーザーとの関係破綻を恐れ、プロジェクトを現場任せにしたまま意思決定を先送りする傾向があることは否めない。
特に滅点主義が強い組織では、誰もがプロジェクトの継続に疑問を持っていても、自分が「言いだしっぺ」になることから逃げ、プロジェクトが破綻に向かうのをただ眺めていることもある。
やはり年功序列の事なかれ主義的日本文化はまだ根強くしぶとく残っているもよう。もとい、さっきこの呪縛から逃れるためには「独立するしかない」とか言ったけど、実際には国外に逃れるしかないのかもしれない。
最近の日本のIT企業が求める人材の3要素は、コミュニケーション能力、文章作成能力、論理力、である場合が多い。なんでも、最近のITシステムは複雑化して一人では把握することが難しく、必ずチームで問題解決に当たらなければならないから、だそうだ。これは、人材関係のフォーラムに行くといろんな企業のエラい人がよく言う話。でも実際のところ、彼らがいうコミュニケーション能力というのは、いかに仲間とうまくやっていくか、そして、上司に合わせることができるかってことにすりかえられている場合が多い。発言が正しいかどうかなんて関係ない。少しでも議論になりそうなことをいったら最後、あいつはコミュニケーション能力がないとか、説明が下手だといわれて終わり。ま、いってみれば口がうまいが勝ちの世界だ。それがコミュニケーション能力ということになっている。もし日本の企業で働く場合は、この辺を読み違えると少し困ったことになると思います。
すべての会社が馴れ合いの事なかれ主義だとは言わない。それなりに成果主義を実践している会社もあることはある。と思う。いや、そう願いたい。しかし実際には殆どの企業(85%)は成果主義の導入に失敗しているという。そもそも、正当な競争の文化を知らない上司のもとで、成果主義がうまくいくわけがない。おそらく今現在の部長クラスの殆どは年功序列で、能力があるから出世したという人々ではないから、部下の成果を評価できるわけがない、というのは城繁幸氏などが既に過去に指摘していること。
つまり、この本に書いてある事例というのは、保身に縛られて、仕事に対して正しい評価ができない上司の下で働く場合の対処法だ。そして、50代以上の役職者の殆どはそのような上司である可能性が極めて高く、その上司によって引き上げられた今の課長クラスもやはりそうである場合が多いということ。どちらにしろ、尊敬できない上司でも「尊敬しているふり」はしなきゃならんのだが、そんなとんでも上司に当たってしまったら、自分の能力をみがいたり成果を上げたりせずに、この本を読んで、とにかくコミュニケーション力とやらを駆使して、いかに上司に嫌われないかに腐心しよう。まあ、場合によっては上司に気に入られて抜擢されるかもしれないが、そんなときでも気を緩めず、他のメンバーや隣の課長などに引きずり落とされることが無いように十分に注意することだ。
それにしても、そもそも日本の企業がこんな状態じゃ経済成長なんて到底無理だろう。そんなことをいうと、また上司から嫌われそうだが、全てひっくるめて言うのなら、「踊る大捜査線」の名せりふ「正しいことをしたければ、偉くなれ!」という一言に尽きますな。
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