クラウド技術者の人材育成本?「日本のクラウド化はなぜ遅れているのか?」森和昭著
この本のタイトルから、クラウドコンピュータに関するビジネス本だと勘違いして読むと、おそらく外します。確かに、前半はクラウドについて書かれていますが、後半は人材育成を中心に書いているからです。
この本の著者である、森和昭氏は、以前「日本のITコストはなぜ高いのか?」を書いています。そこでは日本のIT保守サービスをばっさりと捌いていましたが、今回はやや切れ味が落ちて、一般論的な部分が多くないっていました。それでも、本書の冒頭にある以下の提言は、残念ながら日本の現状を言い切っているように思えてなりません。
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クラウド時代の企業経営と人材に起きるであろう変化への対応は、決してICT企業だけの問題ではありません。それはあらゆる業種業態の日本企業が直面し、決して避けては通れない喫緊の課題です。これは企業経営にありがちな、「自分が経営トップにいる間だけ、何とか経営がうまくいきさえすればいい」という狭隘な考え方に陥っていないか、つまりいつの間にか“1年間という短い決算対象期間”だけで経営のすべてを見るような企業になってしまっていないかということへの警鐘でもあります。
〓 前半は日本のクラウドコンピューティングの現状について
その後本書では、日本のセキュリティに対する概念が世界標準からかけ離れていることを嘆いています。そして、システムに対する考え方や、技術者の標準スキルを世界標準に近づける必要があると説いています。
しかし、残念ながらクラウドコンピューティングの国内の市場形成そのものについては、あまり述べられていませんでした。もはや、セキュリティ上の問題や、技術者の問題は、短期的なものでしかありません。地理的な面(規模の確保)や後発の弱みを抱える日本国内のクラウド事業をどう発展させるべきか、そこがむしろ今考えるべきことであると、私は思います。
このブログの前回の記事に書いた『クラウド化する世界』にあるように、グーグル・クラウドは人工知能へと発展する予定なのでした。そこでは、ICTという概念を超えた社会的変化があるはずで、クラウドの技術面だけに焦点を当てた議論は、いずれ効力を失うと思います。
〓 後半は技術者の人材育成について
第3章以降は、殆ど人材育成に関する記述になります。著者が述べる人材育成に関する考察は、経営理念とうまくリンクしており、どこの企業も抱えていそうな中途半端な成果主義による問題を克服しているように思えます。特に現在の要素技術が切り替わりつつある状況では、会社が技術の方向性を見定めて、将来も要求される人材像を指し示すことは重要になるでしょう。
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当社の場合、その代表格は「L×e2(エル・バイ・イーツー)」という大きなピースです。「L×e2」とは、「ライセンス」「バイリンガル」「エンジニアリング」「エクスペリエンス」の四つの英単語の頭文字を取り、技術者の目指すべき「あるべき姿」を表現したものです。
著者が述べることは、まさに現在あるいは今後おきつつあることです。何度も引用しますが『クラウド化する世界』では、仮想化技術により、従来のハードウェアビジネスは殆ど姿を消すだろうと予測してます。おそらく著者も同じ考えなのでしょう。この本の著者であり同時にJTPの社長である森氏は、技術偏重に異議を唱える社員に、こう説明しているといいます。
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そこでこうした疑問に対しては、機会あるごとに話をするようにしました。「いずれハードの故障などほとんど起こらない時代がくることは間違いない。その時必要となるのは技術の発展に即応した最新の知識だ。既に目に見えないところで変化は確実に始まっており、知識に基づくアイデアやノウハウなど、「知恵」を必要とするソフトウェア中心のマルチスキル時代が来る」と、繰り替えし説明したのです。
いまや、どこの企業も、あるいはどんな技術者も、次にくる技術的トレンドが見えずにいるのではないでしょうか。ここで森氏がいう「マルチスキル時代」がくるかどうかは分かりません。今のスキルはまったく通用しなくなることもありうるでしょう。しかし、現状のままでは変化の波に乗り遅れることは必死だと思います。その意味で森氏の述べることは多くの技術者に良い意味での危機感を与えるきっかけになるのではないでしょうか。前回の著書同様に、IT関連の技術者には意義のある本だと思います。
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