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社会心理学から見た日本人論の最新版「心でっかちな日本人」山岸俊男著

〓 (副題)集団主義文化という幻想 〓

 以前の記事「フリーライダー」の書評で、山岸俊男の著作『ネット評判社会』が「フリーライダー」現象を考える上で参考になると述べました。しかし、むしろこちら本のほうが参考になる部分が多いかもしれません。
 この本は、最近の日本人論の傾向として読むことができます。日本人の集団主義、欧米の個人主義といったくくりは、遠い昔からあるもので、その解釈が変わってきていると認識するべきでしょう。その後著者は『ネット評判社会』を書き、ネット時代の日本人論に発展させました。そこでもやはり集団主義的の定義が使われています。著者はこの本で現在展開しているネット評判という論の礎を作ったのではないでしょうか。その意味では一読に値すると思われますが、いかんせん文章が分かりにくいのは欠点かもしれません。『ネット評判社会』では大分読みやすくなりましたが…

〓 集団主義の幻想

 「出る杭は打たれる」や「郷に入れば郷に従え」など、日本人の象徴的な性質が、なぜ会社あるいは政治の上でも現れるのか、著者である山岸俊男氏は以下のように説明しています。若干説明が分かりにくいので、かいつまんで説明すると、日本では、既得権益もつ集団内では、例えばそれを手放すことがムラ全体の利益になったとしても、なかなか手放そうとせず、現状を維持したがるということでしょうか。これは「一人はみんなのために」という掛け声の「みんは」は、実は既得権益をもつ集団内に限定されていて、結果的に「内集団ひいき」行動に他ならないということです。

20ページ
つまり、日本人は実際に集団主義的に行動している、すなわち集団全体に利益をもたらすように集団のなかでお互いに協力し合う行動をとっているかもしれないが、そのことは必ずしも、一人ひとりの日本人が「仲良し主義」的な心、つまり集団の利益を自分一人の利益よりも重視する心を持っていることを意味しているわけではないということを、濱口の議論や高野?坂の研究は示唆していると言えるでしょう。
125ページ
内集団ひいきの相補均衡が成立している状態とは、内集団ひいき行動が生み出す機会費用がきわめて小さく抑えられている状態なのです。そのため、その状態に置かれた人々にとっては、集団にとらわれない「普遍主義的」な行動をとるよりも、内集団ひいき的に行動するほうが有利になるのです。このように、相補均衡の状態というのは、それを維持する行動を皆がとることによって、その行動をとることが有利になるという自己維持的な循環が存在している状態なのです。


〓 成果主義は日本人に向かないのか

 著者はこの本の結びとして、今後来る(つまり既に到来している)競争社会に備えるためには、内集団ひいき行動を捨て去る必要があると説いています。

255ページ
社会への忠誠心が日本文化に特有な心の性質によって生み出されていると考えている人は、安定しているはずの文化の変化のあまりの急速さに目をまわすことになるでしょう。一方、集団主義文化を心の性質や意味のシステムとしてではなく、内集団ひいきが相補的均衡を生み出している状態と考えれば、グローバル化と大競争社会の到来によってこの均衡が崩れ去ってしまうことは容易に予想されます。
この予想に対して私たちは、来るべき集団主義の終焉に今から備えるべきでしょう。この変化があまりに急速に生じる場合には、これまでの日本社会に安定性を与えていた集団主義的な内集団ひいきの原理が、それにとって代わる原理が一般化するまえに消滅するという、社会秩序を維持するための原理の真空状態を生み出してしまう可能性があるからです。


 ところで、1990年代に日本の会社がアメリカから成果主義を取り入れ、多くの会社は失敗していると言われます。この本を読むと、内集団ひいきの原理の上に立つ日本では、成果主義の導入に失敗した理由が明確になったように思えます。
 ところが、実際には成果主義はアメリカでも問題になっているが現状のようです。
「成果主義及びコンピテンシー評価導入に伴うリスクに関する理論的考察」

 ですから、この本を読んで日本人の持つ集団主義的な文化が、必ず悪い結果をもたらすと考える必要は無いでしょう。あくまでこれは、傾向の話なのです。だからといって成果主義の失敗を容認するべきではありません。それに、日本人が今のまま集団主義的であってよいわけでもありません。

 私たちは、自分たちが良い意味での集団主義であるという幻想を捨てて、すでに新たな秩序へ移行しようとしてるのかもしれません。本書では、やや悲観的な結論に終わっていますが、もっと希望が持てる面もあるように思います。
電通総研 『社会貢献に関する生活者意識調査』
「ありがとう」の一言がうれしい若者

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