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クリティカルにポジティブを考える『ポジティブ病の国アメリカ』バーバラ・エーレンライク著

〓 ポジティブも度を越したら、病と言える

A君「あのー、このままの開発作業を進めると、手戻りが発生するんじゃないかと思うんですが…」
P氏「まあ、もっとポジティブに考えよーよ。だいじょう!きっとうまくいくよ」

とまあ、これがポジティブ病の症状です。しかし、この程度ならまだ良いのですが、アメリカではもっとひどいことになっているようです。その大病とされる症例が次の状況です。

228ページ
2006年の終盤、ゲルバンドは不動産バブルに近づきつつある状況に危機感をもっていた。そこで、この年のボーナス査定面談のときCEOのリチャード・ファルドにこう話した。「世界は変化しています。ビジネスモデルを再考しなければ」。すると、不適任者としてまもなく解雇された。その二年後、リーマン社は破綻したのである。


 著者バーバラ氏の表現には少し極論めいた臭いも目立つのですが、しかし多くの論点は、ポジティブだけを追い求める偏向したアメリカ社会を、科学的に紐解こうとしてます。そこで起こっている多くの矛盾は論理的に喝破されており、現状が矛盾に満ちていることを吐露する文章の流れは、小気味よく感じることさえあります。
 現実にアメリカで発生したポジティブという病は、むしろアメリカ国民を不幸に陥れているといいます。その対極にあるクリティカルシンキングを捨て去り、楽観や直観に頼ったアメリカの思考停止を、著者は大いに嘆きます。
 著者はポジティブシンキングを完全否定しているわけでありません。余りにもポジティブを強調しすぎて、クリティカルな考えを完全に否定していることを問題視しているのです。

〓 ポジティブシンキングの何が問題か

 著者は、この新たな現代病といえる思考パターンの問題点をあぶり出し、その主要因として以下の点を上げています。

1.ポジティブな考え方を強要し、クリティカルな考えを否定することで、失業や貧困の原因を外部の環境から切り離し、自己責任として押し込めようとしている。つまり、失業や貧困の原因は、その本人のネガティブな考え方にあるとする。これでは、失業や貧困の原因が国民個人にあるとされて、政治的、社会的な解決策が一向に進まない。

2.ポジティブと名の付く自己啓発を奨励する団体が、貧困層や失業者を顧客とするビジネスモデルを作り上げ、書籍やDVDなどの販売で法外な利益を得ている。

3.企業が従業員のモチベーションを高める手法としてポジティブシンキングを採用し、経営者層までもが感化されて、根拠の無い楽観主義者に成り果てている。

〓 翻って、日本は大丈夫なのか?

 日本でも、小規模であるものの、同様の現象が起こっています。巷には「~をX倍に~」「楽して~」「~力」「~の法則」などといったタイトルの本があふれ、まるでバブルの様相を呈している現実は、「ビジネス本作家の値打ち」にあるとおりなのでしょう。「ポジティブ病の国、アメリカ」を読んでいると、ふと日本のこの現象も、アメリカからの輸入物であるかもしれないと思えてきます。
 研修の現場でも、コーチング研修、コミュニケーション力研修、などのヒューマン系研修が多くなり、肯定的な考えを強要するかのような場面があります。そして会社の会議でも、全体に同調する意見ばかりが好まれ、問題点を指摘すると、そのこと自体が問題のような扱いを受けます。最近では会議における意見の対立というのが殆ど見られなくなりました。残念ながら、これらの現象は、全て著者が指摘する、ポジティブ病の兆候なのです。

〓 物事をありのままに受け入れること

 より単純に考えて、ポジティブシンキングは現実に対してバイアスをかけることに他なりません。理想が現実になったとき、私たちはそれを現実と受け止めるようになります。一方で、時には現実が理想から遠ざかることもあります。遠くにあるものを望遠鏡で見れば、あたかもそれは手の届くところにあるように見えることがあります。しかし、それが現実の姿ではないことに私たちは気づかなければなりません。著者は次のように述べています。

238ページ
ポジティブとネガティブのいずれの思考にしても、将来の予測と自分の感情とを切り離すことができず、現実よりも幻想の方を進んで受け入れる。理由は、そのほうが「気分がいい」からである。あるいは、意気消沈した人の場合は、抗うつ作用を得ることができるからだ。これら二つ以外に選べる道は、主観から離れ、感情や空想になるべくとらわれず、ものごとを「ありのままに」見て、世の中には危険もチャンスもたっぷりあると理解することだ──素晴らしい幸せをつかむ可能性も、何もできずに死を迎える可能性もある、と。

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