ウェブが大変 『ウェブ大変化』 森正弥著
私の拙い人生の中で、何が変わったかを探ってみよう。一応技術者の視点で。まず、仕事でペンを手にすることが、楽しいことに変わった。パソコンを開いて使うのは、ウェブかメールが殆どになった。あと、携帯電話が殆どコンピュータ(iPhone)になった。そして、このブログにこんな記事を書くようになった。
いや、もっと変わったことはたくさんあるはずなんですが、薄い変化が少しずつ厚く積み重なってきたせいで、水溜りが池になったことさえ気づかないのかもしれません。しかし、本当に起こっている変化は、私たちの身の回りから少し遠いところで、「どんっ」っていきなり山ができるくらいのすごさらしいです。
技術的な深い言及はありません。しかしこの本はICT技術による変化を、身の回りの小さなことから、その背景にある大きな変化に向けて、その変化と同じくらいのスピード感で伝えてくれています。
〓 SIerは新聞メディアの二の舞となるのか
第1章では私たちの身の回りで起きている、見える変化を中心に、技術者でなくとも分かりやすく説明しています。そして第2章では、クラウドを中心に、見えないけれでも大きな変化を取り扱います。グーグルによって大打撃を受けた新聞メディアも、別なところではクラウドの恩恵を受けているという、例えば次の話。
102ページ
ニューヨーク・タイムズでは、過去100年分の新聞記事をPDF化するためにアマゾンEC2を利用し、40万5000枚の画像変換に、サーバー100台分を24時間使用したという。しかもそれを、エンジニア一人で行なった。
コストはわずか使用料240ドルと、データ転送料1000ドル程度で済んだということであり、すぐに必要なインフラを、低コストで簡単に調達したいい例といえる。
そして、身近に怖い変化を教えてくれているのは、以下の引用。IT産業もメディア産業がそうであったように構造改革を迫られていることが分かります。
120ページ
情報が爆発していることに呼応し、データ処理の重要性はどの企業においてもますます高まっている。大量データを処理する基盤技術を確保できるかどうかが、企業の、特にインターネット企業の生命線になると言っていい。
123ページ
重要なのは、分散並列コンピューティングの技術は、市販のソフトウェア製品、ハードウェア製品の組み合わせで実現しているのではなく、各社、独自に開発しているということだ。
成功IT企業は「基幹系パッケージソフト、プライベートクラウドによって、従来のSIも残る」と考えてしまうかもしれない。しかし、実際はインフラ規模の圧倒的なアドバンテージを持って、全てのコンピューティングはクラウドに移行しているのです。
最近では、セールスフォースがあの「エコポイント」の基盤システムを、クラウドを利用して1ヶ月程度で構築したことが話題になっています。クラウドに展開されている新しい技術を使わない限りは、Webベースの新規案件を獲得することが困難になっている、という現実が明らかになってきました。
〓 パワーシフト
第3章ではウェブの「あちら」と「こちら」の接点に起こる社会的な変化を述べています。そして第4章では、従来の旧弊大企業からイノベータ中小企業へのパワーシフトが起こると予言しています。
194ページ
どの組織もが、誰もが、新しい力を得ようとしている。従来の組織が既得権益的に確保していた優位性はもはや意味を持たなくなってきており、本来持つべき才能やアイデアを備えている存在に主導権が移りつつある。これがクラウド・コンピューティングの陰で進行している本質的な変化なのだ。
そして日本はどうなるか。とにかく分かっているのは、周りが変化していること。私たちに必要なのは、環境の変化を待つのではなく、自分たちで変化を促すことかもしれません。 著者は危機感を鼓舞しながらも、希望を忘れていません。
207ページ
クラウド・コンピューティングの進展により、データセンターの日本国外への分散が進み、インフラそのものやそれらの運用に関しても空洞化が進行して行くことが予想される。それは想像をこえるスピードで進行して行くだろう。そのようなグローバルな地殻変動の中で、スキルの相対化・コモディティ化が徹底的に進んでいくだろう。
しかし、希望はある。我々個人は一人ひとり違うオリジナリティを本来持ち、それを活かして想像する能力を持っている。
著者は、楽天技術研究所所長の森正弥氏。この本には、著者の想いがうかがえます。著者のもつ熱みが伝わってくるのは、本編の中に楽天の文字が殆ど無いから。あまねく技術を公平に扱い、限りなく客観的に語る口調は、会社人ではなく技術者であることの心意気でしょうか。深くなくともクリアな本。旧弊の無いIT企業からみた世界の変化を知りたい方にお奨めの本です。
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