怪しきビジネス書を喝破する 『ビジネス書大バカ事典』 勢古浩爾著
〓 ビジネス本はバブルだ
以前私は「楽して成功できる 非常識な勉強法」というトンデモビジネス本を読んでいたい目にあいました。だって「犬が西向きゃ尾は東」なことしか書いて無いんだもの。それを「非常識」と言い張るところが「非常識」だったりするんですね。いまだにあの本を読んだ時の衝撃がトラウマになっていて、本のタイトルに「成功」という文字が浮かび上がるだけで一瞬ひるんでしまいます。いや、まてよ、そもそも「楽して成功できる」って、それって成功といえるのか?
その後も怪しい「ビジネス書」もどきはどしどし出版されつづけ、ビジネス本バブルの様相を呈してきたのです。そして今年ついに、ビジネス本評論家である水野俊哉氏が、「ビジネス本作家の値打ち」を出版。満を持してとばかりに早速読んだあたしは、これまたやられました。詳しくは、水野氏のビジネス書チルドレンぶりを書いた記事を参照願います。
ホントに彼等の無批判な自己陶酔ぶりには顎が下がりますね。
〓 大いにまともなご意見だ
しかしです。やっとその理不尽な現象にはどめをかけてくれる著書が現れました。題名だって負けちゃいません。たんなる「バカ」ではなく「大バカ」です。しかも表紙左上には「第一版」とデカデカとまあ。見返しのところには、こんな文言が書いてありますぞ。
ビジネス書には二種類ある。
まともなビジネス書と、
いかがわしいビジネス書「もどき」である。
したがって著者にも二種類いることになる。
まともな作家と、「もどき」作家である。
そうそう、そうです。やっと溜飲が下がりました。
やはり水野氏の「ビジネス本作家の値打ち」は「もどき」で、水野氏も「もどき」作家だったのですね、勢古師匠。師匠は、水野氏がその著作『「ビジネス書」のトリセツ』という本の中で多数のビジネス書を手放しで絶賛していることに対して、きっぱりと次の様に述べてます。
28ページ
そんなことよりも、自分の周囲にいる現実の人間からもっと学べよ、といいたくもなる。ビジネス書チルドレンじゃあるまいし。
いや本当に、今回のこの本「ビジネス書大バカ事典」で、客観的にビジネス書の意義を問い正したことは、たぶん「自民党をぶっ壊せ」的なインパクトがあるのだと思います。でも、勢古氏は単にビジネス書の全てがダメといっているわけではありません。一応、良い点もないことはないことを、次のように述べています。
35ページ
散々、ビジネス書「もどき」はダメといったが、ただし、明確な目標を持ちなさい、手帳はこう活用しなさい、英語を勉強しなさい、本を読みなさい、人間を磨きなさい、などの部分では、たとえ「成功」しなくてもそれなりに役には立つであろう。しかし、そうだとすると別にビジネス書「もどき」からそんなことを学ぶ必要もないわけである。他にももっとまともな本はたくさんある。
私の様に最近の「ビジネス書」もどき本に対して軽い怒りを覚えている人や、その乱立ぶりに違和感を感じている人にとっては、おそらくこの本は楽しためになる本になるはず。実際私も、電車の中でこの本を読みながら、怪しいニヤケ顔を露呈しているのでした。笑えるポイントはいくつもあり、いわゆる共感笑いを味わう事ができると思います。
〓 言葉は軽いが意外と骨太だ
そう、たしかにこの本は面白い、でもそれだけではないです。著者の言い回しは茶化した言説ですが、しかし一応調べるべきところは調べていて、「第3章 三冊の元祖本と成功法則」では、「思考は現実化する」「七つの習慣」「人を動かす」を紹介しています。著者は「思考は現実化する」が、種々の「もどき本」のネタ本になっているといいます。ということは、この本を読めば、巷にあふれている「もどき本」読む必要がないってことですね。と思ったら、この本を読んでいなくたって「もどき本」を読む必要など無いのでした。
ここであえて私見を述べると、特に「七つの習慣」は読んでためになった本です。著者であるコヴィー氏は研修ビジネスを展開して、けっこうお金を儲けているようにも見えます。しかし、氏がその著作や研修で述べるのは人生をより良く生きる手法であって、それでお金儲けができるなどとは言っていないのです。そこがおそらく「もどき」作家達と明確に違うところなのでしょう。
一方、最近私はある先輩から、「人生の壁にぶつかった時に読む様に」と言われ、「人を動かす」を頂きました。この先輩自身も人格者です。本に書いてあるのは、人間関係におけるごく普通の注意だったり気づきだったりするのですが、勢古氏は人間関係にテクニックを使うことに対して抵抗を持っているようで、この本に対して「いまでもそれほどのものか?」と述べています。私はテクニックで人間関係を改善できるなら、それはそれでよしとすることにしました。作り笑いも、仏頂面よりはまし、ということです。
〓 成功は人生の一部だ
著者は最後の方で、「成功」とは何かを問いかけます。そして、少なくとも、「成功」が「人生」よりも上位にくることはない、といっています。つまり「成功は人生の一部である」ということでしょうか。むしろ著者は大声で、「成功などどうでもよい」といっているのですが。
234ページ
新製品開発や発明や困難な手術やロケット打ち上げや難しい技の習得や戦争の作戦なら当然「成功」を目指すべきだが、人生における「成功」、つまり「大金持ちになる」という目標などうでもいいことではないか。そもそもそんな目標がほんとうに成立するのか、わたしには疑問である。どうも「成功」(や「輝く」や「夢」)という言葉がなじみにくいなと思っていたら、全部アメリカ人の好きな(だと思う)、大げさかつ幼稚な言葉である「success」や「great」や「dream」の受け売りだったからではないのか。
このように、ビジネス書「もどき」が語る「成功」は、そもそもがアメリカ的拝金主義であると、著者は喝破しています。この辺は「ポジティブ病の国アメリカ」でも述べられてる、最近アメリカがたどった道に対する批判といえるでしょう。
そうそう。私は、書籍を紹介するPodcast番組「新刊ラジオ」を聞いていて、最近思うのですが、どうもビジネス書「もどき」の紹介が多すぎるのではないかと感じています。著者名を聞いて「またこいつか」なんて思ったりして。もっと実のある本を紹介して欲しい、と思う今日この頃です。
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