本当はどんな人物であったのか『岩崎彌太郎』 伊井直行著
大河ドラマの「竜馬伝」も終盤に近づき盛り上がりを見せてきました。次回あたりから解説者としてではなく、登場人物としての岩崎彌太郎が画面に見れるはず。それにしても、以前もこのブログの記事で書いた通り、大河ドラマの竜馬と彌太郎の関係はやたら脚色されている。史実を追いたい私としては、勢いこの本を読みました。
以前の記事「暁の群像」を読んだ限りでは、岩崎彌太郎は悪人であるとしていましたが、あくまでこれは小説に過ぎません。今回は、小説ではなく、伊井直行氏が書いた伝記であり、もっとリアルな岩崎像を見ることができると期待できます。はたして、その通りでした。
著者は膨大な過去の文献からだけではなく、なんと言っても岩崎彌太郎本人が書いた日記をつぶさに調べています。また、母親の岩崎美和が書いた手記が残っていて、それも参考にしています。どちらも第一情報源なので、余分な解釈は含まれていない。それだけ事実に近いはずです。著者はこれらの日記と手記を中心に、本当の岩崎彌太郎がどんな人物であったかを検証しています。
この本によると、彌太郎は文章を漢文で書き、たまに漢詩を書くような、当時の教養を持つ人物だったようです。情景描写がうまく、ありのままを簡潔に書く。しかし、英語は一時期学ぼうとしたことがあったものの、結局まったく読み書きができませんでした。
豪胆でかつ繊細な性格。かつ、激昂すると手がつけられない。性格は分かっているものの、著者によると、岩崎彌太郎が何を目指し、どんな目的で三菱を作ったかは測り難く、むしろそんなことを考えている暇は当人にはなかったのではないか、と言っています。それでも彌太郎は人好きがする人物で、日記には誰かと会った折に「この喜び知るべし」という記述が頻繁に出てくることから、その活動のエネルギー源は、家族や故郷の知人に会うことではなかったのかと推察しています。
また著者は、大河ドラマの竜馬伝のように、竜馬との関係はそれほど深くはなかったとしています。彼らが初めて出会ったのは、著者によれば、慶応3年(1867年)、彌太郎が後藤象二郎に長崎行きを命ぜられ、亀山社中への出資を命令された時であろうと推察しています。大河ドラマでは、最近の放映した第40回あたりが、史実では竜馬と彌太郎が初めて面識を持った日となります。
著者である伊井直行氏は小説家です。なのになぜ今回の様な伝記を書いたかのか。それは本書によって確かめて欲しいと思います。伊井氏は小説家であるだけに、ストーリーを自在に操り、要所にはスパイスを添えて、かつ、文章も読みやすいものになっています。ちなみに、著者の名前は氏の父親が悪い冗談でつけたということを、伊井直弼の安政の大獄に関連する章で、かっこ書きで付け加えています。
著者によれば、岩崎彌太郎こそがそれまでの制度や古いしがらみにとらわれず、会社という組織形態を創り上げたということになります。それは、本書の副題「会社の創造」からご想像の通り、そして「組織の三菱」からも察することができる通りです。
253ページ:(日本国蒸気汽船会社が解散となり、三菱に引き継がれたことについて) まぜ、このようなことが可能になったのか? 岩崎彌太郎が政商であったから、というのが答えにならないのは、おわかりだろう。三菱が日本国郵便汽船会社に負けなかったからこそ、彌太郎と三菱は政商になったのである。政商というなら、郵便蒸気船の背後に控える三井や小野組こそが政商であった。 私の答えは、三菱が会社であったから、というものである。やや強い言い方をするなら、明治初期、三菱だけが会社であり、他はそうではなかったからだ。経営史に詳しい人は、私が危なっかしいことを言っていると思われるだろう。日本における「会社の歴史」を考えようとする場合、岩崎彌太郎の三菱は、まったく材料にされないか、せいぜい小さな挿話として扱われるのが通例だからである。
本書は、岩崎彌太郎について書いた最新の書となっています。そのため、大河ドラマの竜馬伝についても一部触れ、また昨今の社会事情を交えながら、幕末当時の状況を知ることができる内容になっています。著者は、いま現在(リーマンショック以降の政権交代も含めて)の日本の情勢と、岩崎彌太郎が生きた時代を鑑みて次の様に述べています。
335ページ 時間は勝手に進んで止まることがない。私達の歴史は、いつの間にか、明治維新の時代からグルリと一転した。社会主義というライバルが消えた後、世界の資本主義は紳士の仮面を捨てて野獣の本性をむき出しにし、地球全体を戦場のように殺伐とした場所に変えた。19世紀の世界のように。
竜馬伝を見て岩崎彌太郎という人物に興味を持った方にお薦めの一冊です。
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