この船が沈む前にやるべきこと『企業のためのやさしくわかる「生物多様性」』枝広淳子・小田理一郎著
〓 副題:生物多様性とは?から先進企業の取り組み事例まで 〓
特にエコロジカルな人生を送っているわけでもなく、日々もんもんと過ごしている私ですが、たまにゃ気にすることもあります。例えば、キチンとゴミは分別して捨てようとか、野菜は地元農家直売のモノを買おうとか。しかし、世の中は既にその先を行っていて、これをどうやら生物多様性というらしいです。そんな話をどこからともなく聞きつけて、読んでみたのがこの本でした。
横書きの本なので何やら教科書っぽくて難しそうですが、表題にある通り、企業のためかどうかは別として、ある程度優しくわかることは確かなようです。この本のみそは、「企業のための」というところ。ほぼ企業のCSR担当の方向けに書かれています。ですから、そういった立場からは遠い位置にある私の場合、読書の本来の目的である、深イイ読み方はできませんでした。
それでもこのブログで本書を紹介するのは、この本に書いてあるような自然界に対する配慮というのが全人類に関わってきそうな気がするから。生物多様性というのは、どうやら環境問題の分野に含まれることのようなのです。
〓 生態系サービスという考え方
たぶん、一般的な環境問題の捉え方と違っているのは、生物の集合体をシステム思考で考えるということ。あらゆる自然界の出来事は互いに複雑に関連しあっていて、多様な生物の存在に支えられている面が大きいということです。企業も含めて人々は自然界から何らかの形で、この多様性から恩恵を得ているとしています。そして
「人間の幸福や複利に、生物多様性や生態系がどのように役立っているのか」
という視点から、それをある種のサービスとして捉えています。
しかし、資源供給サービスとか、文化的サービスとか、何だか人類のわがままを実現するために自然が存在するような捉え方をするのは、私個人としては府に落ちませんでした。この辺はあくまでも企業のために、というタイトルどおりの内容になっているようです。
〓 非線形に起こる変化
本書では「生物学的時限爆弾」という概念が登場します。これは、時間の経過により表面化する、累積型の環境破壊を言います。ここで紹介されているのは、食物連鎖による毒素の堆積です。毒素が蓄積されて、時間がたってから環境に悪い影響を及ぼすというのも困りますが、なしろ自然界は結構複雑です。ですから、ある閾値をこえた事象が発生したときに、環境への影響を大きく増幅するようなことがあるそうです。例えば、温暖化による温度上昇が、極地の氷を溶かすことで、太陽光を反射する地球上の面が減り、それがさらに温度を上昇させる原因となり、急激に温度か上がることが考えられます。
〓 レジリアンス=自己回復力
ご存知のように、自然界はある程度の自己回復力を持っています。そのおかげで、私達は自然界から継続的に様々な恩恵を受けているわけですが、企業が大好きな、標準化や効率化をすすめると、生物多様性によって保っていた自己回復力が失われて、思わぬ苦境に立たされることがあるそうです。
かつて南米のチリでの農業に対して、アメリカ人が効率化を提案し、15%の収穫向上を目指して作物を均一なものにしようとしたところ、逆に収穫高を下げてしまったことがあるそうです。もともと現地では同じ場所に複数の植物の種子を蒔いていたのですが、それは、気候変化の激しい土壌で、その年の気候条件にあった作物を残すための先人の知恵だったのです。
〓 ABS(Access and Benefit Sharing)=遺伝子資源へのアクセスと利益配分
確かにアメリカは、京都議定書でも単独で批准を拒んでいました。実は、今回の条約に関しても、単独で加盟を拒んでいるようです。最近の中国と言い、大国というものは人間の利己心を増幅するものなのでしょうか。
本書の112ページでは「生物多様性条約には191カ国・地域(2009年10月現在)が加盟していますが、アメリカは入っていません。アメリカは、ことABSの点で躊躇していると言われています。」との記述があります。
〓 生物多様性を広めるということ
今後この、生物多様性という概念はおそらく広まりを見せるのでしょうが、それがビジネスとしてなのか、或いはイデオロギーとしてなのか、非常に興味深い部分があると思います。所有と自己利益の追求こそが、資本主義の本質だとすれば、生物多様性を保護しようとする考えは、これらを制限するものに他ならないからです。あるいはだからこそ、企業間や国家間のルールとしてこれを提示するものなのかもしれません。
本書では、生物多様性を広めるための方便は、以下の2つがあるとしています。
210ページ 生態系や生物多様性について伝えるときには、2つのアプローチを用意しておくことが賢明だと考えています。1つは、生態系や生態系サービスを経済価値に換算し、いかに「経済的に重要であるか」を示すアプローチです。もう1つは、そのような経済的価値に換算するまでもなく、「命やさまざまな生き物そのものに価値がある」という、倫理的なアプローチです。
以降で述べられていますが、1つめの経済価値に言及する説明は、企業家たちが理解しやすくするためのものであり、本来は2つ目の倫理的説明が重要であるとしてます。ある意味これは、資本主義というものが立ち行かなくなる前兆なのかもしれません。いかに考えようとも、遺伝子を所有するというのは、生物の倫理に反するものだからです。
個人や集団の利益を追求するのあやまりで、人類の利益を追求するのは正しいことなのでしょうか。人間以外の生物は、自然界のバランスの中で種を保存しているのに、人間だけは増え続けることができるのでしょうか。逆に、そのこと(つまり人間だけが増え続けること)が不可能であることが分かっているからこそ、その準備として、生物多様性という概念を広めていかなければならないのかもしれません。
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