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もうこうなったらなったもの勝ちか?「ウツになりたいという病」植木理恵著

 この本によると、うつ病になる原因というのは、「学習性無力感」つまり、「どうせやってもダメだもの」的な発想からくる場合が多いようです。うつ病患者が増えたことで、日本の自殺者は増えているといいます。日本の全体の自殺者数は10万人あたり24.4万人(2009年調べ)であり、世界の先進国の中では韓国の21.9人についで、悲しい結果になっています。
 その一方で、うつ病になることがあたかも当然の権利のように扱われ、未病であるにもかかわらず、自分にとって都合の悪いことや嫌なことを避けるための口実に使われることもあるようです。著者は未病のうつ病を「ウツもどき」といっていますが、実際にそのような「もどき」の病人が休暇をとったり、権利を主張したりということもあるといいます。

〓 この本はどんな本か

 この本は4章で構成されています。第1章と第2章では、その「ウツもどき」にどの様なパターンがあるか、また、その対処方法について解説しています。
 第3章はポジティブシンキングがウツ病の増化に深く関わっているという話し。
 第4章でどうやってウツ病を防ぐかという対処法を解説しています。

「ウツもどき」には3つの類型があるとしています。
①ウツ病というラベルを貼られることを望む「ウツになりたい病」(20%)
②「アイデンティティの不安定」さからくるウツ病的な症状(20%)
③10代~30代の女性に急増している「新型ウツ」(30%)
 これらの合計は70%です。なんと本物のうつ病は30%しかいないのです。
 元来のうつ病といえば、バリバリ仕事ができる中堅どころの社員が、ある時突然会社にこなくなって、自信を喪失して、疲れ切っていて、「え、なんで彼奴が?」というイメージだったものが、最近では、どう考えても仕事が出来なかったり、仕事に対してぜんぜん積極的でなかったりするヒトがウツ病になるので、いったいどうやってうつ病という診断が下るのだろうか不思議思っていたところでした。
 2002年前後に「燃え尽き症候群」という言葉が流行りました。がむしゃらに働き続けて、ある日ぱたっと気力を無くし、廃人みたいになってしまうというものでした。そこからうつ病になることがある様ですが、そもそものウツ病というのは、過度の頑張りや緊張から、糸が切れるように訪れるものであって、自分からなろうと思ってなれるものではないはずです。もし、自分から進んでなろうとするのなら、それはもはや病気ではないのです。だから「ウツもどき」と著者は言っているのでしょう。

 それにしても、最近のこの手読の本はそれ以前に読んだ本にどこか関連していて、それぞれで語られる問題の根っこは、実は一つである事を思わせます。例えば、今回の本に関連しているのは、「ポジティブ病の国アメリカ」や「弱者が強者を駆逐する時代」とか、最近記事にした「ビジネス書大バカ事典」などです。どこがどう関連しているのか?まずは一つづつその関連性についてみて行きます。引用は、いずれも「ウツになりたいという病」からのものです。
 
〓 「ポジティブ病の国アメリカ」との類似点
 いまだに日本はアメリカから10年の遅れをとっているといいます。常にアメリカによって揺り動かされてきた日本人は、まるで周回遅れのランナーのように同じ坂道で喘いでいるようです。

51ページ
この学生のように、病気ではない精神の健全な一様態であるウツな気分に素直に落ち込めないで悩むケースが増えているのはなぜでしょうか。それは前にも述べたとように世の中の風潮といったものが大きく影響していると思います。 その一つはポジティブシンキング信仰というものです。これは第三章で詳しく見ていくことにしますが、行き過ぎたポジティブシンキングは結果的にネガティブなマインドを徹底して排除しようとします。「根暗は悪だ、人間失格だ」となるわけです。


〓「弱者が強者を駆逐する時代」との類似点
 「ウツもどき」の発病は、はっきり言ってしまえば社会への甘え。「弱者が強者を駆逐する時代」では、曽野綾子氏が現実を直視せず、そこから逃げることで、楽な方へ楽な方へと突き進んで行く人々のありように警鐘を鳴らしていました。そこには、価値観の偏狭のようなものがあったといいます。実際のところ、この本でもやはり価値観の狭さが、人々を鬱病へと誘い込んでいると言います。

26ページ
経済的に負けても、人生そのもので勝つという生き方はいくらでも本当はあるはずなのですが、そうした価値観を日本人はあまり持っていないのですね。競争社会ということで言えばアメリカもそうですが、単に経済的な勝ち負けなんかで人生を振り回されないような、宗教的なものを含めた多様な価値観を彼らは個人、個人が持っているのだと思います。 日本の社会はそうした幅広い価値観を受け止めるキャパシティが狭いのではないか。そこに大きな問題があると思います。


〓 「ビジネス書大バカ事典」との類似点
 全く性格の異なる本書とも、この本は類似を示しています。やはり問題は価値観の偏狭です。「ビジネス書大バカ事典」での著者は「お金持ち=成功者」という拝金主義的な価値観が、ほとんど役に立たない「ビジネス書」もどきに人々を駆り立てているといいます。「誰でも」「必ず」「成功する」というビジネス書メーカー達の言葉に踊らされ、それを信じて突き進み、もし相当の努力にもかかわらず成功できなかった人は、もしかするとウツ病に逃げるしかなくなってしまうのかもしれません。それを避けるためには、違う成功者という価値観を持つしかないのです。以下に著者が述べていることは、実は「ビジネス書大バカ事典」の勢古浩爾氏が述べているのとほぼ同じ内容なのです。

43ページ
人生というものは本来、多様なものであるべきです。いかに社会を強く支配する価値観や常識であろうとも、それは数多くのある価値観の中の一つでしかありません。 さまざまな価値観が世の中にはあって、どういう価値観を持とうと基本的には自由です。そう考え行動することで、少しでも心のバランスを保つ方向へ持っていくことが可能になるのだと思います。


〓 苦労せずにお金を儲けることが賢い生き方という価値観

 どうにもこうにも、世の中の価値観があらぬ方向に進んでいることが、「ウツもどき」
の患者を増やしているような気がしてなりません。つまり、[成功=お金持ち]→[負け組=苦労貧乏]、よってお金持ちになれない人間はせめて苦労を厭うべし、と。この発想が、好きな事をしてお金をお稼ぐのではなく、面倒な仕事をせずに給料だけもらう。つまり究極のフリーライダーである「ウツもどき」を生み出しているのかも知れません。
 そろそろ、お金持ちを成功者の条件に据えるのではなく、もっと別な価値観で世の中を作り変える時がきているのではないでしょうか。その反証として人々はウツ病へと逃げ惑っているようにも思えます。
 かつて幕末の頃に、価値観が家柄や身分であった頃、それを覆した若い志士たちがいたように、これからはお金とは違った価値観を持って世の中を作り変える人物が出てくる事を期待してしまう。そんな一冊でした。

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