痛快社会派小説の傑作 『空飛ぶタイヤ』 池井戸潤著
もともとはWOWOWでドラマ化されたムービーを見ようと思っていたのですが、原作があるのを発見して早速小説を読んでみました。久しぶりに読み応えがある小説でした。
舞台は2002年、当時ニュースにもなった三菱トラックのタイヤ脱落事故が発端になります。あの痛ましい事件そのまま、被害者は子どもをつれていた母親でした。そして、この小説では視点がその事故を起こした側になります。もっともそのトラックの運送会社の社長も、やがて大企業の傲慢と無責任による欠陥製品の被害者となるわけですが。本編で、この運送会社名は赤松運輸、主人公はその二代目社長の赤松徳郎。赤松徳郎が、風評、資本力、情報不足などの困難を乗り越えて、大会社ホープ自動車(つまり三菱自動車)の不正を暴き、栄誉を取り戻すまでを描いた、痛快社会派小説です。
しかし、はたしてこの小説はどこまでが本当なのか。いや、肝心なところはおそらく本当なのでしょう。でなければ、このリアリティは生まれてこないと思うのです。何しろそのストーリーはというと、実際に、数年前にわしたちがこの目で見たニュースのままなのですから。事実は小説よりも奇なり。ならばディテールは違っていても、登場人物の心の動きには真に迫るものがあります。
とにかく、この小説に期待してしまうのは、単純に、正義が勝つということ。正しい人こそ、幸せになって欲しい。著者は読者にむけて、その期待に応えるべく筆を振るっている気がします。
ページ2段組で、489ページ。文庫本なら3巻になりそうなボリュームです(実際には500ページ2巻で発売)。それでも一気に読めてしまう面白さがあります。現実の事件、現実の家族、現実の会社。大企業に起こりがちな、驕りと傲慢。そこに憤りを覚える社員たちの、正義をとるか、生活をとるかの選択。どれをとっても、少し形をかえて私たちの身の回りに漂う、怪しい出来事ばかりです。企業や組織が腐りかけたとき、どの立場の人がどのような行動をとるのか。それが果たして正しいのか。そんな疑問が沸いたときには、ぜひとも手にとって読んでいただきたい一冊です。
ちなみに、この小説、アマゾンレビューなどでも評価が高く、なぜマスコミなどで話題にならなかったのか疑問に思うかもしれません。それはこの本が売れては困る人たちがいるから?この疑問の答えを知りたい方にも一読をお奨めします。
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