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最後に信じられるのは肉声だけだ 『オーディンの鴉』 福田和代著


 表紙には深い夜のビル群を上空から俯瞰した写真に黒で陰影された二羽の鴉と監視カメラが一台。右には白抜きでタイトルがあり、左には著者名が「福田和代」とある。帯には「監視される恐怖。もう逃げられない!!」
 淡々と述べながら進むストーリーはハードボイルド風で、語り口調からは高村薫の「マークスの山」を思い出しました。若干会話の中に違和感が感じられる部分もありますが、著者の福田和代さんはIT系のお仕事をされていたらしく、その経験に裏打ちされたディテールはかなり納得できます。

 ここでストーリーを若干紹介。主人公は東京地検特捜部の検事「湯浅」。事件は家宅捜索を行う予定だった被疑者「矢島議員」が、その日の朝に自殺したことから始まります。自殺の原因を調査するうちに、同じ特捜部の安見検事が、ネット上に公開された矢島議員への誹謗中傷を発見し、単なる収賄容疑に絡む事件が思わぬ方向に進みだします。矢島議員を追い詰めたのは、何者かがネット上に彼の個人情報を意図的にリークしたからではないか。一体誰がなんの目的で矢島議員の個人情報を流したのか。その真相を明らかにしようとする湯浅検事と安見検事の元に、封書が送られてきます。封を切ると、中から出て来たのは、街の監視カメラが捉えた彼ら自身を写した写真。何者かが監視カメラのデータを自由に入手している。ネット上の個人情報をたやすく取得できる何者かがいる。これはその者を暴こうとする彼らに対する警告なのか。封筒の裏には「オーディンの鴉」の文字が。
 と、ここで思わず「なぜ秘密結社の組織名をわざわざ書いたりするのだ?」と突っ込みたくなりますが、そこはストーリーをわかりやすくするため、だからしょうがないかと諦めました。

 山場はページを3分の2ほど進んだあたりから、徐々に「オーディンの鴉」に湯浅検事が近づきながらも、その事でますます危険な状態にはまり込んで行く。ここからは一気に読み進めるしかないくらい、手に汗を握る展開となります。それにしても、コンピュータに多少詳しい、いやかなり詳しい人間ならなおさら、これは現実にあったとしても不思議ではない世界に思えてきます。特に最近の「ウィキリークス」の存在が、あるいはこの「オーディンの鴉」の対局にある存在として、信憑性を後押ししてくれました。そしてエシュロンはその正極にあるということです。

 監視社会を描いた小説にはジョージ・オーウェルの「1984年」もありますが、個人の情報が簡単に捉えられて、操作され、改ざんされて利用されるという部分はほぼ同じ展開です。それと、コンピュータとネットのディテールをリアルに表現する小説としては、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム」もあります。「ミレニアム」ではディテールというよりは、メーカー名やプロダクト名までがはっきりと明記されていて驚きましたが。

 いずれにしても、SFではなく一般の推理サスペンスとして、ネットやコンピューティングを素材とした完成度の高い小説が現れたことは、その手の業界人としては喜ばしくも、同時にリアルな恐怖を感じながら読めます。複数の個人情報を漏洩してしまうのも怖いが、一つの個人情報を意図的にリークされるのはもっと怖い。そんな真逆にあるリスクに気づかせてくれる一冊でした。

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