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金融ビジネス小説的ラブストーリー 『石神井橋』 出雲優生著

〓 金融という遠い世界、恋愛という身近なストーリー

 主人公の蒔田は、外資系証券会社もしくは金融会社に勤めるサラリーマン。2007年の金融危機近くから、2008年のリーマンショックまでの間に起こる、社内のリストラ劇と、実際に起こった金融危機での出来事を綴ります。金融アナリストとしての主人公の思考が、現実に起きた金融危機を論じていて、さながらビジネス書を読んでいる気分になります。正直なところ私には不明な金融専門用語の羅列があって、なかなか硬い読み物に映りました。
 一方で、その合間には、蒔田の青春時代の思い出と、初恋の人ともう一度会いたいという強い思いが綴られます。 主人公である蒔田が石神井中学で出あった初恋の女性への思いから、探偵を雇って、なんとかして彼女を探し出そうとする、一見不合理な行動を、自らの視点で追いかけます。
 なんの関連もない二つのストーリーが、少ないページを挟んで交互に展開し、溝落ちのあたりに不思議な違和感を残しながら少しずつ進んで行きます。実際関連しているのは、その思考が、蒔田という一人の中年男の脳の中で起こっているということだけです。経済ビジネス書とラブストーリーを同じ視点で読むこの感覚は、他の小説では味わえない新しい感覚かも知れません。

 主人公の金融危機に対する論評は、おそらく著者自身の考えがそのまま表現されているのでしょう。その考えが、何とも私の考えに近く共感できるページが多いことに救われました。その言葉は、例えば次の引用に表現されています。

132ページ
 アメリカ発の経営論や経営法がもてはやされるようになってから久しいが、それがいかに無意味であったのかが、今回の危機で露呈したのにも関わらずである。
 現代の王侯貴族とも呼べるCEOが理不尽な報酬を得て、その春を謳歌するという企業体系は、公害のように世界経済を席巻し、その悪影響は計り知れない。
 製造業が劣悪な商品を作り続けたために、アメリカ経済が崩壊寸前まで追い込まれたのは、ほんの30年ほど前のことである。そこから、金融というサービス業での大逆転が始まる。
 それは金融工学という、見てくれは立派だが、実は穴だらけの論理体系を武器にした新しい業態であった。
 数学に弱い一般人には、天才の産物に思えるが、実際に相場を見ている蒔田のような人間には、ほとんどがまやかしに見える。
…(中略)…
 バブルの繰り返しによって、金持ちはますます金持ちになり、貧乏人の生活は困窮し、時には自殺へと追い込まれる。
 このような資本主義の合法的暴力とも言うべき体系が、二十世紀後半には、確然と出来上がってしまったのである。

 この本を読むまえに、金融工学牽引者たちの終生を綴った、カチカチの金融ドキュメンタリー「クオンツ」を読みました。「クオンツ」を読む前の腕ならし的な読み物として「石神井橋」をオススメします。

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コメント

はじめまして、出雲優生です。今回は拙著『石神井橋』をご購読いただきまして有り難うございます。また私自身でも書けないような(笑)ポジティブなレビューを書いていただき、恐縮しております。ご解釈のとおり、この作品では解説書と私小説の融合を目指したつもりでした。私小説だけではつまらなく、また解説書のみではありふれていると感じたためです。ただ、このようなアプローチは実験的だとも思っておりました。案の定、ちゃんとご理解していただけた読者は少なく、あなたのような読者を得たことは幸運と考えております。正直、金融の部分は難しく、どこまで解説することが適切なのか迷ったものでした。読み返してみて、直すべき点は多くあり、反省しているしだいですが、完璧というものはなかなか望めないものなのかもしれません。今回は、レビューのお礼を兼ねましてここにご挨拶のコメントを残させて頂きました。今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 出雲優生 | 2011年1月 3日 (月) 23時21分

出雲様、コメントありがとうございます。作者ご本人からのコメントを頂き恐縮です。
複数の登場人物の視点からストーリーを展開する小説は数多にあっても、同一視点から複数の(全く絡まない)ストーリーを展開するものは数少ないか、今まではなかったものだと思います。現実を見るなら私たちの日常は同時に複数の役割を演じており、その意味ではかえってリアリティが感じられました。
ただ、私自身はこの小説から一粒で二度美味しい的お得感を得ましたが、別な人は二つのストーリーに関連性の意味を求めるかもしれません。特に、ビジネス書に興味がなく、小説としての面白さだけを求め、実験的冒険的ストーリーを追い求めない人には辛いかもしれません。と感じました。生意気言って済みません。
もちろん、正統派的小説を書かれても充分な仕上がりではあると思いますが、しがない読者の一人として、ゴールドラットの「ザ・ゴール」的ではない、何か新しい小説またはビジネス書を、期待させていただきます。
失礼しました「(^^)。

投稿: パピガニ(本人) | 2011年1月 4日 (火) 19時17分

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