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自ら計らわぬ 『落日燃ゆ』 城山三郎著

〓 司馬遼太郎が忌避した世界

 最近NHKが司馬遼太郎の「坂の上の雲」をドラマで放映していました。司馬遼太郎は「坂の上の雲」の映像化を拒んでいたといいます。それは、戦争が美化されることを恐れたから。たしかに、このドラマを見る限りは「美しい国、日本」が際立っていて、戦争の愚かさについては浮き彫りにされていませんでした。
 「落日燃ゆ」は、そんな司馬遼太郎が描きそうな美しき日本人の物語です。しかし残念ながらそこには美しい日本国はありません。むしろ醜く成り下がっていく日本が垣間見えてきます。それは司馬遼太郎が小説にしたくなかった日本の姿。城山三郎が描くこの小説は、醜く拡大しようとする日本と、あるべき道を辿ろうとする日本人外交官の物語です。
 時代は1930年前後、世界恐慌の中で、当然ながら日本も困窮する中、自らの人生を外交に捧げようとする男がいました。広田弘毅は、大戦前の日本外交において、軍部の暴走に踏みにじられながらも、平和外交を果敢に進めました。自らは計ることはなく、正面を見ながら進んでいくその姿は、流星のように一筋の輝きを見せて消えていくのでした。

〓 間違った戦争の正しい歴史

 なぜ日本は第二次世界大戦で敗戦国となったのかを問うことは、なぜ日本は第二次大戦に参戦したのか問うことに近しい。なぜなら、参戦しなければ敗戦国となることもなかったのだから。その参戦不戦の選択肢として、外交という手段を模索したのが広田弘毅でした。日本が戦争に突入せざるを得ない状態にしたのは、軍の暴走でした。それを明治政府は止めることができなかった。なぜシビリアンコントロールが効かなかったのか。
 そして、東京裁判の場面では、日本が参戦したときのこの国の状況が、如何に特殊な状況であったかが分かります。日本国と同盟を結んだイタリア、ドイツはいずれも独裁国でした。だから領土拡大政策により戦争に参戦した。しかし日本には独裁者が居なかったのです。象徴天皇も独裁者ではありえない。ならば文官の中に戦争を推進めた人物が居るはずだ。そう考えるのが欧米列国の常識的な考え方でした。この欧米の常識に基づく裁判で、広田弘毅はA級戦犯としてスケープゴートにされたのです。
 しかし実情は違いました。日本が満州事変や南京虐殺を実行したときは、この国に指導者は存在せず、一部の人間が先鞭を切ったに過ぎないのです。それは過冷却水に一遍の埃が見舞うがごとく、国際政治の中での日本の立場を考える政治家が、固唾を呑んで見守る中で起こる一瞬の出来事なのでした。戦争に普通なんていうことはありません。それでも、日本国が民主主義国家でありながら領土拡大のために戦争を起こすことは、おそらく諸外国では到底理解できないことであったのでしょう。
 集団意思による侵略戦争。誰の責任とも明確にならないまま、だからこそ戦争を引き起こすというのは、日本人という単一民族の思考パターンを如実に顕したものなのでしょうか。

126ページ
 これらの地域は、関東軍や日本の警察が警備をするところから、治安もよく、このため、それまでの軍閥や匪賊に悩まされていた民衆が、他の地域から流入し続けた。万里の長城以北に在る満州は、「無主の地」といわれるほど、明確な統治者を持たず、各軍閥が割拠し、抗争を繰り返し、その間に匪賊が跳梁する土地でもあった。
 一方、日本の国内は、世界恐慌の波にさらされて、不景気のどん底にあった。失業者は街に溢れ、求職者に対する働き口は十人に一人という割合。
 それにもまして農村、とくに東北の農村地帯は、冷害による凶作も加わって、困窮を極めていた。
…(中略)…
 西洋諸国に比べ、植民地らしい植民地を持たぬ日本にとって、こうした満州こそ、残されたただひとつの最後の植民地に見えた。しかも、関東軍の石原完爾参謀たちは、これを植民地としてではなく、日本人をふくめたアジア諸民族の共存共栄の楽土にするという意気込みであった。「五族共和」そして、「王道国家の建設」がうたわれた。


〓 無言で責任を背負った外交官

 その人、広田弘毅は孤高の人でした。毎日寝る前に論語を読む。政治的な策謀はしない。多くを語らず重要なことのみを話す。静かなヒーローであり続けた人です。そして、東京裁判でも、自分を弁護することはなく、ついに絞首刑となってしまいます。民主国家にあって、軍人のみで戦争を引き起こすことは不可能である。というアメリカの考え方に従えば、A級戦犯の中に、文官が存在する必要があったのです。しかし、欧米人にとって最も不思議だったのは「自らは計らわぬ」として、公判中にも一切の自己弁護をしない広田という日本人であったのかもしれません。欧米化した今の日本では、時代を過去った武士の魂のようにさえ思えます。
 この本「落日燃ゆ」の戦争史が事実だとしたら、なぜ民主主義のなかで侵略戦争という事態が起こりえたのか。その答えを広田弘毅自身は、明治憲法の欠陥であるとしました。

390ページ
 この戦争の何よりの責任は、個人よりも、統帥権の独立を許した構造そのものに在る。〈長州のつくった憲法が日本を滅ぼすことになる〉と、広田はかねて危惧していたが、そのとおりになった。日本は高すぎる授業料を払った。いや、まだその授業料の一部をはらいおえていない……。


 だからこそ、自分がその欠陥を補う役割をしなければならないと…。広田弘毅が死刑という判決に一切の抗議をせず受け入れることができたのも、日本国の責任を一身に背負う覚悟があったからなのです。それほどまでに、偉大な人物であった広田弘毅は、坂本竜馬にならぶ人物であると、私には思えてきました。
 ちなみにこの本は、経済評論家の伊藤洋一氏お奨めの本として読みました。

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コメント

2011年9月にBS朝日でドラマの再放送をやっていたので見ました。配役がゴージャスですね。しかし、さすがにディテールを知るには不十分で、やはり書籍を読まないと広田弘毅を知ったとは言いがたいです。
広田弘毅の逝き方をApple風に言うなら「not stay hungry. but stay foolish.」ということでしょうか。

投稿: パピガニ(本人) | 2011年10月 5日 (水) 15時51分

この小説に登場する広田弘毅は大分デフォルメされているようです。半藤一利さんが『昭和史』の中で批判されていますね。くわしくは後から書いた下記の記事を参照してください。
http://pinvill.cocolog-nifty.com/daybooks/2012/07/post-abd1.html

投稿: パピガニ(本人) | 2013年6月25日 (火) 01時06分

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