右斜め45度に沈み行く 『東京難民』 福澤徹三著
深く落ち込む話。読んでいる方も気分的に落ち込むことは必至。これからこの本を読もうとする人は、気をつけた方がよい。
九州で建設業を営む父の一人息子、時枝修は親の反対を押し切って、東京の大学に通う。一年目を終わらないうちに、事務室から呼び出しをくらい、学費がしばらく滞納になっていることを知る。
実家に電話しても、誰も出ない。もしやと思い、実家に帰ると、家はもぬけの空だった。親が失踪したことこら、修は自分の食い扶持だけでなく、学費や家賃までも、自分で稼がなければならないことに気づく。
バイトを探すのだか、面接に遅れたり、一度始めてもうまくいかなかったりで、長続きしない。そのうち、大学からは除籍され、マンションから追い出されてしまう。友人の家に転がり込むのだが、周りの知人に感謝の気持ちを持たない修は、結局友人の家からも、そして、友人からさえ遠のくことになる。
色々なアルバイトをしながら、大学生では経験できない社会の裏側を知ることで、主人公は少しずつ成長していくのだが、主人公はあまりに運が悪すぎる。おまけに主人公は、性格も悪いのだ。修は、何度か這い上がるチャンスをモノにしながら、要らぬおせっかいでズルズルとまた底辺へと落ち込んでしまうのである。
このもどかしさには、イラツクと同時にゲンナリさせられる。ストーリーを結末に持って行くために、全体が極めて不自然な展開になるのはいたしかたないことなのだろうか。どんどん転落していく主人公の人生に、読んでいる方もとてつもなく気が滅入ってくる。それでも、いろいろな職業の裏事情を知ることができるところはなんとも面白い。
この小説、最近読んだ『血と骨』とは全く対照的なのだ。強さと弱さ、強欲と無欲、上昇と下降。そして、この対照的な小説の、結末へ向かうシンメトリックなストーリーはどうだろう。どちらの世界が好いということはない。しかし、どちらの世界も、死が身近にあるときは善悪など無意味なのだった。
生きるために食らうのか。食らうために生きるのか。貧困から這い上がるものと、貧困へと落ちていくものとの差は、生きることへの執着だ。『血と骨』のページの間からは煮えたぎる何かがにじみ出ている気がした。しかし、この本には精気がまったく感じられないのだった。時代を隔てた底辺は、今ではすっかり冷え切っていたのである。それでも変わらないことがある。それは食べなければ生きていけないということだ。
格差問題、貧困問題の現場に興味のある方にお奨め。但し、心が折れないように、読む前にあらかじめ補強しておきましょう。
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