生きるために生きた人生 『血と骨』 梁石白著
最近の韓流ドラマについてはよく知らない。だいたい、あんなものはまやかしだと思っている。幻想的な作り物だ。
私たちが見るべき韓国人は、この小説に出てくる金俊平のようでなければならない。とにかくこの小説は面白い、と言っても、その面白さをどうやって伝えたらよいものか。いや、この小説ではない。小説の主人公である金俊平が面白いのだ。では、どんな風に面白いというのか。
340ページ
金俊平の自己中心的な考えは徹底している。何ものも信じようとしない。神も仏も鬼神も金俊平にとってはただの幻想であり、たわごとにすぎないのだ。人生とは何か?人は何のために生きているのか?そんなことは金俊平の知ったことではなかった。大多数の人間は生きるために生きており、やがて死ぬだろう。それだけである。そこに深遠な意味があるとはとうてい思えなかった。人間の喜怒哀楽も刹那的な一過性でしかない。金俊平にとっておのれが消滅すれば世界も消滅するのである。
金俊平は実に豪快なのだ。そして、荒くれている。極道が恐れるほどだ。しかし、ヤクザのように徒党を組まず、一匹狼である。何事をも暴力で押し返す。周りの人間たちにはたまったものではない。家族が翻弄される様がこの小説にはまざまざと描かれている。
この小説は著者である梁石白の父親をモデルにしている。所々に、それは現実なのかと疑いたくなる描写があるのだが、ほとんどが事実に違いない。そう思うのは、以前読んだ『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』の記事に書いたとおりだ。この本を読んでいると、一人の特異な男の生き様と同時に、移民の目から見た終戦当時の日本の裏側を見ることができる。終戦前後の混乱期では、強いことが重要なのだ。必要なのは、善悪を通り越した生命力だ。おそらく、これからの世の中も当時と同じようなものになるだろう。生きるということだけで、人生が覆い尽くされる時代が来るに違いない。
もちろん、この小説が面白いのは、著者の文章が秀逸なこともある。上下二段組の500ページ近い長編は、こぎみよいテンポでなぞられていく。まるで映画を観るがごとくの展開は、本の厚みを全く感じさせなかった。もちろん、まるごと映画化できるようなボリュームではないし、映像で表現するのは難しい部分がある。だから本で読むべきだ。既にビートたけし主演で映画化されているようだが、たぶんビートたけしは、私がこの本から想像した金俊平のイメージを崩すだろう。
とにかく、この男は極めて暴力的なのだが、決して極悪人ではない。いや、これほどの極悪人はいない。いったいどっちのなだ?。その答えを探しながらこの本を読み進むと、最後の章では辛いキムチを日本茶で流し込む時の、奇妙なスッキリ感を味わうことになる。私は乾いた涙を流した。
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