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この国の歪みの始まり 『「坂の上の雲」では分からない日露戦争陸戦』 別宮暖朗著

(坂の上の雲では分からない) 日露戦争陸戦

サブタイトルは、「児玉源太郎は名参謀ではなかった」

 まったくもって本の題名のとおりなのである。司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んだからといって、日露戦争を分かったつもりになってはいけない、のであった。しかし、この本を読んだからといって、日露戦争の全部が分かるわけでもない。はっきりと言ってしまおう。この本は『坂の上の雲』を読んだ程度の私にとっては、極めて難解だった。何が分かりにくいかというと、まず地名が読めない。奉天、烟台、などは分かっても、岫巌、山嘴、などは、当てずっぽうでとりあえず、「ちゅうげん」「さんかく」なぞと読んでおく。もう、地名と地図上の場所を憶えるのが至難の業なのである。そこに、連隊の名前や戦争用語らしきものが飛びかう。かたっぱしから取りこぼしながら、もう極めて大雑把に読み進むしかない。だから、記憶している内容も極めて曖昧になっている。

 ともかく、司馬遼太郎の『坂の上の雲』だけを読んでいると、日露戦争について誤った認識をもってしまうのは確かなようだ。まず、ロシアに比べて、日本が兵の数や、物資の面で圧倒的に不利であったわけではない。ロシア側も兵隊の数では多かったものの、補給物資の面では劣悪だった。それはロシアからみると戦地が極東に位置するために、兵站が困難であったからということらしい。それと、肉を送ったはずがなぜか野菜だけになっていたりするのだそうだ。当時からロシアは腐敗していたのだ。だから、日本がこの陸戦において常に劣勢であるにもかかわらず、戦略や戦術で勝っていたとする『坂の上の雲』の言い分は、真っ赤なウソなのである。この本によるとどうやらそういうことらしい。

 しかし私が注目したいのは、これらの戦争に対する私達、いや私の無知である。既に戦争体験を語れる人が殆ど居なくなった今だからこそ、それは悪しき体験として、語り継がれるべきなのである。どうもこの本を読んでいて違和感を感じるのは、その悲壮さが一切文章の上には現われないことだ。何千あるいは何万という若者が戦場で死んでいっているという事実は、この本にも、かの『坂の上の雲』にも、おぞましい出来事として表現されることはなく、児玉がどうとか、井口の戦略がいかに稚拙であったとか、そんなところなのだ。

 だからこそ、今の若者にはよくよく考えてほしいと思ってしまう。今後、同じような戦争があれば、今の若者の殊んどは、戦場で死ぬことになりかねないのだ。『坂の上の雲』に登場するような、高級軍人はほんの一握りでしかなく、兵士の殊んどは一般民衆であり、そして戦場で捨て駒となるのである。
 そして、逆もまたしかり。つまり、戦時でなくても、高級官僚は私利私欲に走り、ために犠牲になるのは一般民衆なのだ。ただ、その度合いが貧困か、死かのいずれであるかの違いだけなのかもしれない。
 本書を読むに当たっては、全文をくまなく読まなくとも、217ページ以降はぜひとも読んでいただきたい。そこには次のようなことが書いてあるのである。

218ページ
日本では加えて、参謀本部や司令部という組織の中で互いに庇いあい、責任を免れようとする。その上参謀は戦後になって戦史そのものを書いて『公刊戦史』や『秘密戦史』を刊行する権利をもっている。これもドイツ参謀本部の伝統であり、英米では第三者に委任する。
220ページ
日本の官僚組織は常に分散していき、制御が効かない。セクショナリズムの権化のような人物が官界では出世するのである。近代的な社会に変貌しても、陸海軍省と外務省は分散してまとまらなかった。またセクショナリズムに燃える官僚がつくる計画は、ほとんど成功しない。

 つまり、日本の官僚は戦時中の思想あるいはその志向性を引き継いでいるのである。そして、かれらはこう考えているかもしれない。毎年3万人の自殺者で国民を失うなら、むしろ戦場で国益となってもらったほうが良いのではないか、と。もちろん、そんな暴言はこの本には書いていない。
 戦争というのは不思議なものなのである。国家を救うために国民を犠牲にするという。つまり、戦争そのものが、国家が国民のものではなく、一部の権力者のものであることの象徴なのである。

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