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遠い現実 『ディアスポラ』 勝谷誠彦著

ディアスポラ

 もともと小説家ではなく、エッセイストあるいはノンフィクション作家といった部類に入ると思われる勝谷氏が書いた希少な小説。特に食に関する書籍を多く出しているようですが、幅広く旅や政治に関する著作もあるようです。

 この本には  『ディアスポラ』と『水のゆくえ』の2点が収録されています。どちらも、日本で原発事故が起こった後どうなったか、を題材として扱います。
 一編目の『ディアスポラ』は題名の通り、日本国民がユダヤ人のように世界の各地に離散してしまう話です。舞台はチベット。原発事故で日本国土に人が住めなくなったため、チベットの山奥に強制退去させられた数名の日本人の生活が、裏向きに特殊な任務を負った主人公の目を通して描かれます。
 もう一編の『水のゆくえ』では、放射能汚染により退去命令が発令されているにもかかわらず、自分が生まれた村に留まる人々の話です。ダムの誘致により水没しかけている山間の造り酒屋、その蔵元が主人公です。彼は杜氏と共に、電気の通わなくなった、しかし機械化された酒蔵で、最後に最高の吟醸酒を造ろうとします。あたかも彼らが留まる理由が、その吟醸酒を造らんがためであるかのように。
 『水のゆくえ』では、日本酒の製造工程などが詳しく描かれており、著者の食に対する造詣の深さがうかがえます。日本酒が好きな人は、読んでおいて損はないでしょう。

 そこには原発事故が起きた科学的な根拠や政治的な裏づけが描かれてるわけではありません。しかし、この小説の初出が911により世界中が震撼した2001年である事を考えると、著者は原発事故の可能性を直感的に読み取ったのかもしれません。おそらく、フクシマの原発事故が起こる前に、私がこの本を読んだとしたら、そのありえない設定に対しての批判的な感想しか残らなかったのでしょう。いや、むしろ読むことさえなかったはずです。311によってこの小説はにわかに地上に浮かび上がったかのようです。

 ただし、この本に対して原発事故後の対処にヒントを与えてくれるものと期待してはいけません。ストーリーは事故の起きた後から始まり、事故そのものの原因や経過についてはほとんど触れません。また、エンディングについても、ストリーに出てくる人物の死をきっかけにしているのみです。その死にたいして、その亡骸をそれぞれの方法で弔います。その対比が2つのストーリのメタファーとして描かれています。

 この本から読み取れるのは、原発事故の恐しさや、危機管理の重要性などではなく、日本人のアイデンティティがいかに脆弱で、かつ土地に依拠しているか、ということなのでした。土地が見捨てられるというのがどういうことなのか。土地に留まろうとするのはなぜなのかを、深く考えさせられます。

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