同名異本の読書:幻想の速読が現実になるとき 『速読の科学』
同じタイトルの2冊の本を読みました。
1.『速読の科学─どこまで早く読めるか』佐藤泰正著、ブルーバックス《BB》
2.『速読の科学―脳の「読書回路」を解明する』佐々木豊文著、カッパ・サイエンス《KS》
わかり易くするため、1のブルーバックスの方を《BB》、2のカッパ・サイエンスの方を《KS》と呼びます。
《BB》には、「物理的に1分間に2500文字以上読もうととすると、どうしても飛ばし読みになります」。と明確に書いてあって、納得してしまった。のですが、《KS》の著者佐々木氏は、その盲点を突いてきます。まず本書の冒頭で「通常の読書であれば1分間に2500文字がいいところである」と述べていて、妙に納得させられます。ところがその後に、脳科学的に検証していく中で、「実は1分間に1万字、あるいは5万字くらまで読めてしまいます。科学的に証明できます」ときた。これはいったいどういうことか、頭を悩ませてしまいました。
〓 《BB》は科学的な検証に力を入れた速読の本
1988年に出版された本。“科学”と謳っているからには、科学的な本なのです。「10分で1冊読める」とか謳っているトンデモ本とは違います。科学的に速読の限界を示してあっておもしろいです。
193ページの大意
1分間に2000字から2500字くらいが最高の速度ということがわかっている。1分間に5000字とか1万字読むというのは不可能。読み飛ばしや抜かし読みをしない限り、そのようなことはあり得ない。
ということです。なるほど!
また、読む本の種類よって読書スピードが変わるというのも、その通り。これはいろんな種類の本を読んでいるとわかることです。要するになじみの薄い単語が頻発する本は、どうしても遅読になるということ。逆に言うと、同じ種類の本を多く読むと、次第にその分野の読書は早くなるのです。 同じ分野の本を多読することで、わかっている部分は読み飛ばすことができる。こうすることで、読書法ではなく読書術が適用できるのだそうです。
つまり、小説に対しては読書術は適用できないのですね。論文やビジネス書では、読書術として読み飛ばしが利用できるのです。
ところで、この本は速読について科学的に解説された本だから、数値データがいっぱい出てきます。そういうところは読み飛ばして、まさに速読術を実践することができました。
速読の本は、精神論的なモノから、「そんなのありえへん!」と思わせるトンでも本まで様々に出版されていますが、変な本を捕まえないように、速読を思い立ったら真っ先に読みたい本である、といえます。
〓 《KS》は読書の脳内プロセスを変えることを提唱する
1995年に出版された本。《KS》の中で佐々木氏は、左脳の側頭葉に「読字書字中枢」というのがあると説明します。まず「読字書字中枢」で視覚的記号的に文字を認識します。そして、左脳の言語野に情報を運んでから、文字を言語化します。その後に右脳に情報を伝えて、意味を理解する。というかイメージ化するというのですね。つまり、通常の読書ではこれら左脳経由のプロセスを経るために遅くなるのだそうです。左脳の言語処理をバイパスして、文字を直接右脳で処理することで、大量に読字が可能になるとぶち上げます。なんか怪しい、しっくりこない。しかも飛ばし読みなどしていないという。うーん、どうなんでしょうか。
《KS》が科学的に解説していると思われるのは、速読の熟達者たちの読字パターンを、脳波測定器で実証しているところです。
まず、速読初心者に、記号だけの羅列を、文字を読むようにして目で追ってもらう。意味の理解はできないんですね。三角とか四角などの記号ですから。そうすると、右脳の側頭葉後方が活発に活動する。ようすにイメージを捉えていると解るのです。その後同じ速読初心者に、今度はちゃんとした文章を読んでもらう。すると、1分簡に2000字程度で読み進むのですが、左脳が活発に動き出すというのです。つまり言語野を使っているらしいと言う。なるほど。
次に、被験者を速読の熟達者に代えます。そして、1分間に8000字程度の速読をさせると、ほぼ右脳だけで処理していることが解る。左脳は活発化しませんでした。今度は同じ被験者に、文字を言語化して、つまり脳内で意識的に音読して読んでもらう。するととたんに読字スピードが落ちるのです。そのとき被験者は、意味の理解が難しくなったというのです。
氏の説明によると、速読は「速読眼」+「速読脳」の組み合わせで、それを成し得るとしています。速読初心者は「速読眼」はできているけど、「速読脳」はできていない。よって以下のような状況が実証されたと言っています。
速読初心者→速読眼→左脳での処理→1分間に2000字程度
速読熟達者→速読眼+速読脳→右脳だけでイメージ処理→1分間に5万字
この違いが、1分間に5万字の速読ができるかどうかの差であるというのです。一般的に速読を解説する書籍は、この理論で成り立っているものがほとんどだと思います。
〓 1分間に5万字の読字スピードとはどういうことか
ちょっとここで、一度落ち着いて現実的な思考実験に取り組みましょう。
1分間に5万字ということは、1ページが800文字だとして、
50,000÷800=62.5ページ
普通見開きページなので、1分間にページを繰る回数は31ページ。つまり2秒ごとにページをめくると言うこと。うーん、やはりイメージできない。300ページの本なら、300秒で読めてしまいます。つまり5分で一冊。本を書う必要ないでしょう。本屋で立ち読みすれば十分だ。1時間本屋にいたら、ただで12冊の本を読めてしまう。もし、日本人がみな速読の達人になったら、出版社は大損害だ。て、考え過ぎなのでしょうか?
もうひとつ疑問があります。それは、速読で小説を読むと、彼らの頭の中でセリフはどう扱われるのだろう?ということ。たとえば、スタインベックの小説「エデンの東」は冒頭ではアメリカの荒廃した大地の様子がまざまざと頭に浮かびます。または日本人なら誰でも知っている「雪国」では汽車がホームに着くときの車輪の音まで聞こえてきそうです。
しかし、小説は登場する人物に言葉をしゃべらせますよね。情景の描写部分と、セリフの部分を、速読脳はどうやって扱っているのでしょう。セリフをイメージ処理するというのはどういうことなのか。無声映画を見ているようなイメージなのでしょうか。
さて、最後の疑問です。それはこの本が言う1分間に5万字を読むことが可能かもしれないという疑問。森博嗣という小説家は、ディスレクシア(読字障害者)であるといいます(ディスレクシアについて詳しく知りたい方はこちら)。しかし、なぜディスレクシアである彼が小説を書けるのでしょうか。彼が小説を書くときは、頭の中にイメージが既に出来上がっていて、それを文章に落とし込むのだといいます。確か1時間に6000字くらいをタイピングするとか。1分間に100字ですから、ほとんどキーボードを打ち続けいていという感じになるのでしょう。でも、そうしないとどんどん頭の中のイメージが進んでいってしまって、文章化が追いつかなくなってしまうといいます。これはご本人がとあるPodcastの番組で語っていたので、確かにそうなのでしょう。そんな嘘をついても、本人にとっては何の特にはならない話ですから確かに本当なのだろうと思います。
〓 速読は進化の過程で顕れてきたものかもしれないという話
どうやら多くの速読本は、やはり人々を誤解させていると思います。つまり。
・普通の人が可能な速読は2500字程度
・ごく一部の特殊な能力を持った人は1万字から5万字の速読が可能
こういう現実を説明せずに、あたかもすべての人が努力によって5万字の速読が可能と思わせる。つまり、速読教室に通うとか本に書いている訓練を実践することで驚異的な速読が、誰でも可能になるように騙っているのが問題なのでしょう。
ちなみに私はやはり最高でも1分間1200字程度で、それ以上に早く読もうとすると、飛ばし読みになってしまいます。だからよくある「10倍速」とかいった怪しい速読本を信用することはできません。
おそらく速読ができたという人は、次の3つに分類されるのではないでしょうか。
- 本当に速読ができてしまう。文章を直接イメージ化して後からそれを取り出せる人。
- 実は無意識に飛ばし読みをしているのだけど、それを速読と称している人。佐々木氏は、《KS》の中でこの検証をしていませんでした。一方佐藤氏は読字の速さを測るときに、かならず文章の内容理解度のテストを添えています。飛ばし読みをしても、大意だけ後から述べることができますが、それだけでは速読とはいえないとするのが、佐藤氏の考え方です。
- 意識的に飛ばし読みをして、速読と称している人。一般的にはこの手法は速読とは言えず、スキミングとか斜め読みとかになります。
今回改めて何冊かの速読に関する本を読んでみて、私が述べたい意見は以下の三つになります。
- 訓練により読字が早くなるのは事実だが、過剰な期待は禁物。
読字スピードが従来の2倍の速度になったら、人生の中で2倍の本を読めるようになったのだから、それだけでも高いポテンシャルを確保できたと考えるべきだと思います。 - 早く読むことを目的にするのではなく、よりよくそして読書が苦にならないようになることを目的とするべきだ。
実際私が速読の訓練をしていて良かったと思うのはこの点です。文書を読むということが苦にならなくなると、読書で得られた知識が呼び水となて、もっと本を読みたいと思うようになります。そのことが私の人生観を変えたといっても過言ではありません。 - 今後は本当の速読ができる人が増えると思う。
私の子供は中学生と大学生ですが、彼らの読字速度は思ったよりも速く、多分大学生は2000字程度、中学生のほうは800字程度だと思います。一方私自身は速読訓練をする前は1分間に600字程度だったと思います。読む本の種類が違うので、一概には言えませんが、読字については進化があると思います。
そもそも明治以前の日本人は、音読が普通だったというではないですか。それが、今は黙読が普通です。でも頭の中では音読している。
新しい世代は、最初から頭の中で音読せずに本を読むことが、普通にできるようになるのかもしれません。まるで、本という媒体から、眼という通信デバイスを経由して、脳という記憶装置にデータ伝送をするように。
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