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原発にはこんな危険もあったのか 『神の火』 高村薫著

神の火〈上〉 (新潮文庫)

 これまでに原発に関連する2冊の小説を読んだ。「ディアスポラ」は原発事故が起きた後の話。「光あれ」は敦賀原発の近くで暮らす若者の秋霜でした。
 高村薫のこの小説は、これらのどちらの小説よりも硬いです。例によって描写が細かいのですね。原発についてこんなに細かく書いて大丈夫か?といったレベル。しかし、本筋は舞鶴の原発を舞台にしたスパイ小説です。そのスパイというのが結構泥臭くて、逆にそのことでリアリティを生み出しているような気もします。

 舞台は裏日本の舞鶴にある音海の原発建築現場。これからまさに原発が建設されようとしている、その場面からこの小説は始まります。そこに一人の若者が働いています。彼は日本人ではありません。なぜ日本人ではない彼がそこで働いているかはわからないまま、ストーリーは進みます。しかし、この若者は、これから起こる事件の伏線上にあるのです。

 主人公の島田は、どうやらスパイ。おそらくロシアのスパイのようですが、しかし、かれがどのようなスパイを行ったのか、なかかなか著者は明かしません。以前、音海原発の制御系の開発に携わっていたということになっています。
 事件はとてもゆっくりと進行すのですよね。ロシア、アメリカ、そして北朝鮮がこの事件に荷担しています。伏線に伏線が重ねられて、果たしどの事件がどこに影響するのかわからないまま話が進み、けっこうもどかしい。最後までストーリーを予測できません。すすみは遅いが、そこがなかなかおもしろいところでもあります。

 この小説は1991年に書かれています。そんなに前から、著者は神の火を操る巨大な塊がいかに脆いものであるか、この小説に替えて訴えています。それはこんなところ…

上巻276ページ
「そんな言葉は誰にも保証できない。人間は、《絶対に》という言葉は使ってはいけない生き物なのだよ。人間が造った原子炉と同じだ……」

 次の文章では、私たちが311で心に抱くことになった疑問を、主人公の思いを通して表現しています。

下巻199ページ
 すべての科学技術は本来、その運用に当たって完全という言葉は使えない人間の所産に過ぎないが、いったん壊れたが最後、周辺地域が死滅するような技術の恩恵を、人間はどれだけ受けてきたというのか。原子力は、人間にどれほど必要な代物だったというのか、そう思い至ると、島田は回復不能の懐疑の闇に陥った。

 少し長い小説なので、そして描写が細かいために途中で投げ出したくなることもありましたが、まあ最後まで読んでよかったと思っています。最後まで読むと、原発が天災だけではなく、人災に対しても、とてつもなく脆いものであることがわかります。

 ところで、ぜんぜんストーリーとは関係ないのですが、終盤になって《福島》という単語が現れてぎょっとしました。この小説の中では何の脈絡も無いので、まったく意味不明なのです…。単なる偶然なのでしょうか、あるいは1978年に日本で始めて臨界事故を起こしたのが福島第一原発であったことを暗示するために埋め込んだのでしょうか。

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