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孫正義の系譜を追う目が潤む 『あんぽん』 佐野眞一著

あんぽん 孫正義伝

 孫正義はスティーブ・ジョブズと似ているだろうか? 私は似ていると思う。
 孫正義とスティーブ・ジョブズが似ている点。感情豊かである、ハングリーである、スケールがでかい、一度挫折を味わっている、コンピュータの黎明期に社会に出ている、などといった共通点があげられる。しかし、一番の共通点は、人前で目を潤ませるほどに「情熱的」、ということではないかと思う。スティーブ・ジョブズもよく目が潤む。だいたい、人前で目を潤ませるという経営者はなかなかいない。大概、経営者が目を潤ませるというのは、公衆の面前で謝罪する時くらいだろう。しかも芝居がかっている。一般に、目を潤ませるというのは、心の弱さの象徴と捉えられるから、普通の経営者はそのことを恥だと感じるのだろう。

 眼を潤ませる、といえば、維新の会の橋下氏も、以前テレビでそんな姿を見せたことがあった。そして、孫正義は、坂本竜馬のファンらしい。日本を変えたいという孫正義氏の情熱は、坂本竜馬に近いものがあるような気もする。なにか共通点があるのだろうか。そもそも人前を憚らずに涙を見せるという、この3人の共通点は、何かを変えたいという気持ちの顕れなのかもしれない。確かに、保守的な男が涙を見せたら、なんだかこちらまで情けなくなりそうである。
 関係ない話だが、私は橋下氏よりも、孫正義氏の方が坂本竜馬にちかいと考えている。橋下氏はどちらかというと、武市半平太に近いのではないか。最近石原新太郎と共闘を組み始めたのも気になる。橋下氏が武市なら石原氏は山内容堂といったところか。

 最初から話がずれてしまった。孫正義の話だ。在日韓国人である孫正義の日本名が「安本」で、音読みすると「あんぽん」となる。孫正義は幼少の頃「あんぽん」呼ばれていた。本人はそう呼ばれることを嫌っていたらしいが、ちなんでこの本の題名が「あんぽん」となったらしい。伝記の人物はまだ健在だというのに、まったく無遠慮な書名のつけ方である。
 しかし、この本の題名が、この本の内容を示すにふさわしいものであることが、だんだんとわかってくる。孫氏の祖先は、戦後まもなく日本にやってきた。そして、父も自分も日本人から差別を受けることになる。そのため、孫正義は在日韓国人でることを、学生時代は隠していたのだそうだ。彼はあるとき一念奮起して渡米する。渡米後に、韓国名を名乗るようになったと言う。孫正義氏が、日本名「安本」を捨てて「孫」を名乗るといったとき、周りの親戚は猛反対したのだそうだ。ただ一人、父親である孫三憲だけは反対しなかったという。

 孫正義の父親である孫三憲氏は強烈な人物である。金貸しからパチンコ経営までこなして、それなりに成功を収めている。しかし、尊敬すべき人物ではない。やたらと人使いが荒い。すぐに感情的になり激怒する。よくこんな父親から経済界のスーパースターがが生まれたもんだ。そういう感想になる。しかし、父親の孫三憲氏が普通のサラリーマンなら、孫正義氏は絶対に比類のビジネスリーダーになれなかっただろう。

 ビジネスから見た人物像ではなく、生の人物像をそのまま引き出しているという点では、昨年話題になった伝記「スティーブ・ジョブズ」にきわめて近い伝記である。「スティーブ・ジョブズ」では、ジョブズ本人の希望で著者にありのままを書かせたというが、この「あんぽん」の場合は、本人からの依頼はなかったようだ。つまり、孫正義が伝記を書いて欲しいと頼んだわけではない。佐野氏が勝手に書きだしのだ。私はその佐野氏の動機のほうに興味をもった。しかし、深い動機はこの本には書いていなかった。しいて言えば、佐野氏が孫正義をいかがわしいと感じる理由を知りたかった、というのが当てはまるのかもしれない。たとえそうではなくても、この人物の伝記を書けば絶対に売れるという自信が佐野氏にはあったのだろう。
 純粋に売れる本が書けるからということが動機だったのかも知れない。そういった著者の思いは、本書の最後のほうに書いてある。

393ページ
 豚の糞尿と密造酒の臭いが充満した佐賀県島栖駅前の朝鮮部落に生まれ、石を投げられて差別された在日の少年は、いまや日本の運命を握る存在までになった。
 だが、ネット上では相も変わらず「在日は早く朝鮮に帰れ」といった、差別意識むき出しの罵詈雑言が蔓延している。この国は、孫正義少年を陰で「あんぽん」と呼んで白眼視した時代と何も変わっていないのではないか。
 だから、私はこう言いたい。孫正義よ、頼むから在日でいつづけてくれ。そして物議を醸しつづけてくれ。あなたがいない日本は、閉塞感が漂う退屈なだけの三等国になってしまうからである。
 それは「日本が大好き」というあなたも望まないだろうし、「3.11」後大きく変わる新生ニッポンの誕生を期待する多くの日本人も望んではいない。

 どちらにせよ、この本は伝記「スティーブ・ジョブズ」と同じくらい面白いと思う。いや、もしかしたらそれ以上か。

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