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医療ウォーズ・帝国の逆襲 『破裂』 久坂部羊著

破裂

〓 現代日本のタブーをあからさまに

 『楢山節考』そして『蟹工船』。どちらも4年ほど前にちょっとしたブームになったのを覚えているだろうか。社会が暗くなるのを見透かすように、どちらも日常にある闇の世界にスポットを当てたような小説だった。この二つに共通するのは、どちらの小説も人間の尊厳について触れていることだと思う。前者は生と死の間にある尊厳、そして後者は生と貧困の間にある尊厳だ。
 今回読んだ小説も、全体のストーリを覆っている薄い膜は「人間の尊厳」である。それは医師と患者の間にある尊厳だ。

〓 ストーリーは少し複雑だがわかりやすい社会派小説

 ジャーナリストの松野は、あるきっかけで江崎という麻酔科医と出会う。江崎は「痛恨の症例」という医療現場の失敗事例を集めている。ジャーナリストである松野はその症例を題材にしてノンフィクションを書き、以前落選したノンフィクション大賞に応募して大賞の受賞をねらう。
 失敗事例というのは、単刀直入に言うと、医療ミスで患者を死なせてしまった例だ。まず、驚くのはこの部分。そんな簡単に人を死なせた医療事故を人に話すものだろうか。しかし「痛恨の症例」はそこそこ集まる。しかもその内容はいかにもありそうな内容だ。かれらは医療事故を語った後に「一人前の医師になるためには何人かの患者を死なせなければならない」と、一様に語る。
 同時進行で、大学病院の心臓外科医である香村の下に、「厚労省のマキャベリ」こと、佐久間という男が訪れる。新しい国立医療センターを建てるので部長職として招き入れたいという。研究予算も破格であった。
 ところが香村は後に心臓手術中に医療事故を起こした疑いで訴えられることになる。大学病院教授への出世をひた走ってきた香村は、自らが開発したペプタイド療法を完成させねばならなかった。しかしその療法には思いもよらない副作用があったのだ。

〓 複雑に入り組むそれぞれの思惑が面白い

 複数の登場人物が入り組んでいる。しかも、450ページという長編。だが、ストーリは何とか纏まりを保っており、判りにくいということはない。感覚的には『チームバチスタの栄光』をもっと社会派小説にした感じである。そして医療裁判のシーンは『推定無罪』を思い起こさせるほどの迫力である。著者である久坂部氏の力量が大きく反映しているといっていいだろう。
 一貫しているテーマは、少子高齢化と老人介護の問題だ。この問題に対するひとつの解が、この小説には書いてある。それは、厚労省の佐久間が発案する、老人を確実に減らす方法であった。はたしてこの解を、現実社会に適用できるのだろうか。この小説を読んだとき、誰もがその解に対する期待と疑問と躊躇を心に沈めると思う。現実社会への適用はきわめて難しいとは思うが、もし実現できるのであれば、それは日本の未来を少しでも明るくするかもしれない。
 もし実現できないとしたら、何が障害になるのか。それが人間の尊厳である。医師と患者の間にある尊厳の問題。これが大きな壁になっているのだ。ちなみに私はこの小説にでてくる解法に賛成である。この小説を読んだ方は、おそらくこの解法に賛成してる私を蔑むかもしれない。それくらい衝撃的な解法なのである。したがって老人の方にはこの小説を読むことをお勧めしない。あまりの衝撃に激昂して、心臓が破裂するかもしれない。くわばらくわばら。

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