シリーズ戦前昭和(その1):『戦前の日本を知っていますか』 昭和研究グループ著
さて、前回の記事に紹介した5冊の本の中から、今回は『戦前の日本を知っていますか』という本を紹介します。まず、この本が何に注力して書いてあるかを、グラフで示しておきます。今後紹介する残りの本についてもグラフを載せる予定です。
政治:★
軍事:★
経済:★★★
社会:★★
文化:★
生活:★★
この本は、特に日本社会の経済的状況を中心に書いてあります。副題にあるとおり、事実としてどうであったかとういう内容よりも、どういう背景があったかに力点が置かれていると思います。ですから、誰がどういう考えをもっていたとか、事件がなぜ起こったかなどの記述は少ないですね。逆に徴兵制や国会、学校などの制度がどういったものであったかを知るにはよい本です。
この本を紹介している他のブログ記事へのリンクを載せておきます(リンク先記事の著者様にこの場を借りてお礼申し上げます)。
ここからは、本文の引用を中心に紹介します。
〓 議員の地位は意外と低かった
■41ページ
議員にいたっては、貴族院議員・衆議員議員ともに、第39ランクです。第40ランクが高等官三等で、官庁の課長、陸軍大佐といった者たちですから、それと同じようなランクです。
この時代でも、法律や予算は議会を通さなければならなかったのですから、それなりの力をもっていたわりには、やはり低いものでした。このことは当時からいわれていて、大正時代にはこれが問題視され、内閣が宮内省に順位繰り上げの要請を行いましたが、宮内省に無視されました。こののちも、議会関係者はことあるごとに繰り上げを要請しますが、ことごとく失敗します。
それが実現したのは、戦後です。思わず笑ってしまいそうですが、本当のことです。
◆当時の議員は階級が低かったのですね。よって所得も低かったようです。それでも政治家になる人がいたというのは、一種聖職のような、日本の為に政治を志すという気概が当時はまだあったということなのかもしれません。
議員は第二次世界大戦に突入する前までは、ある程度軍部をコントロールする力を持っていたようですが、軍部が台頭すると力を失います。いやけがさして議員をやめてしまった人も多かったようです。その過程の中で地位を向上するのは難しかったのでしょう。そして最終的には軍部が人事権と予算を握るわけです。
〓 悪法の典型「安寧秩序に対する罪」が施行された
■50ページ
昭和16年には「安寧秩序に対する罪」というあいまいなものが作られました。条文では少し具体的に内容が示されています。
人心を惑わす目的で虚偽の事実を流布した者、は五年以下の懲役禁錮または5000円(いまの1000万円)以下の罰金です。5000円あれば、そうとう立派な家が一軒建った時代ですから、かなりの罰金です。
◆あいまいさでいうと、今政府が創設を進めようとしている「共謀罪」も近いものがありますね。一般市民が社会運動をできなくするという意味では、同じ効果を持つものでしょう。先の「安寧秩序に対する罪」は戦時体制を強化する目的で作られた側面もあるので、「共謀罪」も同様の目的を孕んでいるといえなくもない。
〓 ごく一部の富裕層が高額な報酬を得ていた
■110ページ
昭和11年の高額所得者ランキング、ベスト100のトップは、三井財閥の三井高公で、254万円、いまなら50億円を超えます。この収入でも、最高税率(400万円超36%)には達せず、税率は200万円超の30%です。ベスト100の大半は、三井、三菱財閥の者でした。しかし、財閥に対する批判がだんだんと強まり、昭和7年には、団琢磨が農民血盟団のテロで暗殺されています。
◆戦前の時代というのは、戦後の高度成長期に比べると格差が経済格差が大きかったようです。
税率については、現在の日本では最高所得税率が40%なのですが、実際の所得税負担率は、所得が1~2億円の納税者(26.5%)がピークになっている。それ以上の高額納税者は逆に下がり、所得100億円以上では14.2%となっているようです(Wikipedia「所得税」より)。戦前同様に所得格差が拡大しているにもかかわらず、所得税率が低くなっているわけです。所得税の逆累進性をそのままにして、なぜいま消費税を増税しようとしているのか不思議ですよね。マスコミがこの事実を国民に伝えないのはもっと不思議ですが、まあ強いものに味方するのが、こういった時勢の権力者の常なのでしょう。
〓 ほとんどの国民が貧困層に陥ることで、格差は縮まった
■117ページ
余談ながら、主要食物が配給制となって、それまで稗や粟を主食にしていた山奥の人々に米がまわるようになり、米中心だった都会生活者が雑穀やかぼちゃも食べるという、一時的に貧しいレベルでの「平等社会」になったのは、歴史の皮肉です。
なお、太平洋戦争中にも、小作争議は年2、3000件は起きていました。国をあげての戦争より、目の前の食糧確保のほうが気になったのでしょう。
■想像を絶する庶民の貧しい生活
いまは格差社会が進行しているといいます。格差社会といえば、戦前の日本はまさしくそうで、とにかく課税最低限がやたらと高いところに設定してあったとはいえ、税金を払えたのがわずかに5%という社会でした。
◆格差の怖いところは、庶民にとっては戦争どころの話ではなくなってしまうことでしょうか。やがて富裕層へのテロの誘発や、政治不信から政治家へのテロにつながったようです。そうなるとまず国内沈静化に向けて警察や軍部の台頭が始まるという順序でしょうか。一時的に貧しいレベルでの「平等社会」というのも、実際には中間層の下層化であって、富裕層はそのままという状態だと思います。
〓 ほとんどの国民が無税となるほど貧困が広がっていた
■139ページ
恐るべき大増税で、最後には利益の大半を、お国がもっていってしまいました。しかし、戦時前の税率は、いると比べると格段に低いものでした。
…(中略)…
その平時の税法によると、まず課税最低限が年収1200円(いまの240万円)で、これ以下は無税です。昭和11年の平均所得が年収約900円(180万円)で、一部の「もてる者」と大半の「もたざる者」に分かれていた時代ですから、1200円はかなり上位です。いま、国民の平均年収は480万円ほどで、課税最低限は夫婦子供二人の場合で325万円。比較するまでもなく、いまの課税最低限は低いところに設定されています。
◆当時の平均所得が今の金額換算で180万というのはすさまじい貧困です。これでは、そもそもおおくの国民からは税金を徴収できない。「いまの課税最低限は低いところに設定されている」との記述が見られますが、この見方は間違いで、今の平均年収がまだ高い位置にあるということだと思います。平均所得が現在の金額で180万円というのは想像もつかない世界です。食べるだけで精一杯、食事は配給に頼るような生活なのでしょう。もうめちゃくちゃです。
〓 格差の始まりは成果主義から
■151ページ
新政府は、「欧米に追いつけ追い越せ」をモットーにかかげ、あらゆる面で欧米、とくにヨーロッパの先進国を手本にしました。そのために、社会全体に西欧化の気風が強まりました。たとえば、「立身出世主義」なども、欧米流の個人主義の影響を受けています。明治18年に「小学唱歌」に採用された「あおげば尊し」には、「身をたて、名をあげよ、やよ、はげめよ」という一節もあり、大きな社会風潮になっていたことがうかがえます。
◆「立身出世主義」というのは、今でいう成果主義に近いです。現在の成果主義はアメリカから輸入されたものでした。なんだか殆ど同じことを繰り返しているような気がします。つまり海外の人事制度を社会や企業が取り入れ、全体主義から個人主義的になり、やがて経済格差が広がる。最近は、その反動で全体主義にもう一度ゆり戻す動きが見られます。ここ十年間くらい、年功序列から成果主義に移行した会社では、業務の進め方がより個人主義的になったため見直しがありました。
ちなみに「あおげば尊し」は、原曲がアメリカにあったということが発見されています。原曲では、2番の「身をたて、名をあげよ、やよ、はげめよ」というのはなかったんですね。歌詞を日本語に訳するときにかえられたようです。今では民主的でないとされるこの歌詞が、日本語化と同時に加えられたということは、やはり当時の日本社会の風潮が立身出世主義に傾倒していた事実の証明だと思います。
〓 戦前の社会制度と社会生活を知る
一般的に戦前の日本を記述した本では、なぜ日本が軍国主義に陥ったかを書いたものが多い中で、この本は特に社会制度を中心に述べている点が多く、希少な本だと思います。
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