シリーズ戦前昭和(まとめ):戦争は平和のためならず
政治と経済が混迷する現代。私たちは、混迷の中に近傍の未来を議論するだけで、その先にある未来のはっきりとした方向性を示せないままでいます。年金はどうなるのか。ユーロ体制は続くのか。中国とインドは発展し続けるのか。日本の経済は再び成長へと向かうのか。しかし、今後戦争が起こるかどうかを予測する人はあまりいません。それはあたかも今後世界は戦争局面に進むことをうすうす感じていながら、誰も口に出せないでいるような、そんな雰囲気を持っています。
〓 現在は戦前と似ている
私はアメリカにおける1930年代、世界恐慌後の出来事を綴った『シンス・イエスタデイ』を読み、衝撃を受けました。それは、その内容がごく最近、2008年のリーマンショックが起きた後の状況にあまりにも似通っていたからです。
では、同じ時期の日本、つま戦前昭和の日本はどうであったのか。やはり今と同じような状況であったのか。それを確認するために5冊の本を読みました。そして、その内容を「シリーズ戦前昭和」という特集記事を作って五回にわたって紹介してきました。それぞれの記事では、その本の引用を使って現代との類似点を述べてきました。
ここでは、そのまとめとして、それぞれの本に書いてあった共通点を抜き出して、日本の戦前・戦中は実際どうであったのかを述べたいと思います。
■国家の成長と衰退
過去の戦争を振り返ってみると、そこに至る道のりにはあるパターンが見られます。「昭和史」で半藤氏が述べた、40年で国を作り、そして次の40年で国を破壊するという説。国を破壊するときに、戦争への道を歩みます。あるいは、ラビ・バトラが述べる、戦士、知識人、資本家がそれぞれ台頭する時代を繰り返し、戦士の時代に戦争が起こるとする説もあります。いずれにせよ、これらの説が述べているのは、歴史は繰り返すということらしい。大きな流れで言うと、発展的に平和へと向かう時期と、衰退的に戦争へと向かう時期が繰り返されると言うことです。
そして現在は、どう考えても世界的に戦争局面へと向かっているといえます。
■技術革新
シリーズで取り上げた本ではあまり多く語られていませんでしたが、昭和初期ころ自動車や電車、電話、電気製品、など、技術革新による製品の普及がありました。当時は機械製品が主に普及しました。そして、やがてそれらの技術は兵器に転用され、戦争を拡大します。当時は飛行機と戦車が戦争のあり方を変えました。
現在は電子機器が普及に及んでいます。やがてこれらの技術はやはり兵器に転用されるでしょう。実際に、ロボット兵器がイラクなどで使われ、少しずつ戦争のあり方を従来とは違うものにしています。
■個人主義と家族
戦前当時はサラリーマンが出現し、また町工場が拡大し、農村から若者が都市部に集中してきました。このころ東京と横浜には同潤会アパートが建設され、都市部における居住のモデルを提案しています。従来の大家族中心の家からサラリーマンに代表される一世帯あるいは単身者向けの著住空間が提供され、日本は家父長制度に代表される家中心の社会から、個人または一世代が個々に生活する、いわゆる核家族へと移行していったのです。
■格差と貧困
戦争を誘引した最も大きな現象が格差と貧困の蔓延であったろうと考えられます。この問題は戦前昭和を綴ったどの本にも登場します。そして、そのことが人々を戦争に駆り立てたのではなく、貧困の解決策を誰に求めるべきか、となったときに、軍部が手を挙げたのです。
一般の殆どの市民は貧困に悩まされたわけですが、戦争に賛成していたわけではありません。しかし、当時の政治家が市民一般の生活に直結するこれらの問題を解決できずにいる間に、軍部が満州へ侵攻し、日本国内の貧困から脱却するために満州国を建国しようとします。この動きが当時の民衆の目にはどう映ったのでしょうか。おそらく、国民の為に領土を拡大し、人々を貧困から救う活動をしているように映ったのではないでしょうか。
つまり、貧困の問題が政治的に解決できな段階になったとき、武力による解決を民衆は求めるということなのかもしれません。実際に226事件は軍部による(つまり武力による)クーデータでした。それが失敗したものの、結局は軍部は政治家を押さえつけ、国内の政権を奪取します。その一端には政治不信ということもあったと思います。
はたして現代、自民党も民主党も、そしてメディアも信じられなくなった今現在、そして今後何を信じるかで、戦前昭和と同じことを繰り返すのか、はたまた違う道を歩むのかを問われることになります。
■天変地異
昭和に起きた天変地異といえば、関東大震災です。関東大震災があったのは1923年、そしてその10年後の1933年には、昭和三陸大地震が起きています。関東大震災の様子は、吉村昭が小説『関東大震災』に書いています。その後、昭和東北大飢饉により、農家は大きな打撃を受けます。この冷害の発生で特に被害が大きかったのが1933年と1935年でした。
とにかく昭和恐慌のころに天変地異が多く発生し、日本の経済と農家は大きな打撃を受けたのです。そして、現在はというとは日本大震災が2011年3月にあり、従来の記憶からはその前後10年に、連動して関東で大きな地震があることが予想されます。この歴史をなぞれば、今後は、はたして冷害なども発生するかもしれません。
■メディアと政治の退廃
戦時中は贅沢は敵でした。だから、人々の行動は引き締まった統制の取れたものにならざるを得なかったのです。しかし、それ以前の昭和前期では、現代社会と同じように道徳的退廃というか、アメリカ的な消費社会へと転落していたのです。
それは、昭和初期の「エロ・グロ・ナンセンス」という流行語に表れています。都市にはカフェーと呼ばれる、今でいうキャバクラが多く出店していました。小林多喜二の「蟹工船」はこの時代の小説でした。格差が広がったことで暮らしは質素になり、人々の政治的関心は薄れ、ゆえに娯楽を求めていた時代でもありました。
人々の政治への期待はその内容以上にパフォーマンスにより判断され、近衛内閣が誕生します。近衛内閣はヒトラーにあこがれていたといいます。この段階で、もう日本は軍国主義への片道切符を手にしたのでしょうか。
〓 再び戦争は起こるのか
これまでで示したとおり、その事象をみれば現代は戦争局面へと向かっています。そのことは、シリーズ戦前昭和の最後に取り上げた「昭和史」で、半藤氏が暗に示しています。しかし、この現在の時世がメディアで取り上げれることはありません。おそらく、今後世界が戦争へと向かうかもしれないことについては、このままタブーとして表面には現れてこないでしょう。
そして、戦前昭和が戦前であったことは後からわかったことであって、当時の日本では日本が世界戦争に参戦するなどということは、殆どの民衆は予想だにしなかったとされています。さらに皮肉なことに、世界中がもっとも平和であった時期に一時大きなムーブメントとなった反戦運動は、すっかりなりを潜めてしまいました。
私たちは、もしかすると戦争というものが人類発展のための通過儀礼であることを、すでに血肉にしみこませているのかもしれません。「平和」という言葉が存在するのは、そのことを意味しているようにも思えます。そして、不思議なことに、人類にとって「平和」が望まれるのは、決まって戦時下であり、戦争の目的は世に恒久平和をもたらさんがためなのです。
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