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いったい誰が得をするのか 『列島強靭化論』 藤井聡著

列島強靱化論―日本復活5カ年計画 (文春新書)

〓 国民の善意をかすめ取る

 NHKスペシャル『追跡 復興予算19兆円』が今年の9月9日に放映された。この報道により、被災地の産業復興、医療拠点の復旧に、復興予算が行き渡っていないことが明らかになった。その一方で、予算の一部が沖縄本島防波堤工事などに使われていたのである。復興財源第3次補正予算9.2兆円のうち2兆円強が、震災復興とは直接的に関係のない事業の財源に使われているという衝撃のレポートだったのだ。最近マスコミが追随するようにこの件を記事にしている。

復興予算19兆円に群がるシロアリども!被災地以外の庁舎や道路次々改修 (2/2) : J-CASTテレビウォッチ

特集ワイド:被災地には後回し!?復興予算にシロアリの群れ 「官僚、いけいけドンドン」武器や核融合研究まで- 毎日jp(毎日新聞)

復興財源の流用 官僚の背信行為/復興増税にシロアリが群がり、復興に関係ない事業に使われている - 来栖宥子★午後のアダージォ

〓 列島強靭化は必要か

 今回取り上げるこの本はあの311が起きた直後に緊急出版して書店に並んだ本なのである。だから、今頃読むのは賞味期限切れなのかもしれない。それでも読んでみる価値はあるだろう。そう思って読んでみたのだ。
 結論を先に述べるなら、この論文に記載されている施策は必要ない。もう実施されているのだから。先に記載したリンクの記事にある通り、復興予算という名目で、その一部はすでに列島強靭化のために使われているのだ。つまりこういうことだ。
 復興資金=震災地域の復興予算+日本国全体の防災予算
 問題は、半ば秘密裏に防災予算が復興予算に組み込まれたことである。藤井氏の言う通り、今後のことを考えると防災も必要なことは確かだ。それはそれで予算枠を用意すればよかったのだが、官僚たちはこことぞとばかりに復興予算から掠め取ったわけだ。

〓 財源確保の道具に使われるのではないかという危惧

 つまり、この論文の危ういところは、国民から税金を巻き上げるための道具に使われる可能性があるということだ。現在の復興財源でさえ同じようのことが行われているのは、冒頭にリンク記事で紹介した通りである。

 実は藤井氏は震災直後から復興の必要性と財源確保、被災地への権限移譲、被災地の産業基盤回復などを訴えている。その善意の訴えに、官僚たちは泥を塗っ てしまった。今の状態では、この「列島強靭化論」が国民の支持を得ることは難しいだろう。どのように素晴らしい大義のもとに集められた資金も、彼らの手に ひとたび渡れば、無駄遣いが正当化されてしまうことが分かったからだ。

〓 「列島強靭化」は生産的ではない

 また、本書では、あたかも列島強靭化が日本の経済復興に寄与するかのように語られている。しかし、本当にそうであろうか。もし仮にこの列島強靭化なる予算が計上されそれが正しく使われたとしても、「列島強靭化=列島再生」とはならない。そうはならない、という素人考えを、ここで論じておきたい。

 もう一度、「強靭化」の意味を考えてみたい。一体何に対する強靭化なのかというと、自然災害に対する強靭化なのである。これは経済成長とはなんら関係はない。藤井氏は、自然災害に対して強靭になった日本に、経済的発展が訪れるという。ここに論理の飛躍がある。どう考えても、リスク回避策と成長戦略とはトレードオフになるはずだ。防災のためのインフラ基盤は高速道路のような産業基盤とはなりえないのである。
 そして、おそらく作って終わりなのである。「列島強靭化論」であるから、日本列島を強靭化すれば、以上終了となる。そのときは、出来上がった巨大防波堤の有効性などどうでもよいのである。まるで、戦艦大和なのだ。とにかく壮大なものを日本人が造ったという議論で終わり、それが役に立ったかそうでなかったかなんて、おそらくどうでもよいのである。そもそも防災システムが役に立つかどうかは、災害が発生しないとわからないのだ。
 このようなシステムが役に立たない可能性があることは、フクシマの現実をみればわかる。SPEEDIなどというシステムを作っていながら、結局初動で役立たなかった。このSPEEDIの計算結果の発表遅延で明らかになったように、いまの国家は国民を守るために存在しているのではないのだ。どんな道具も正しく使わなければ、そのものの価値は失われる。結局使う側の姿勢が問われる。つまり、防災のためのインフラ整備以前に、国家の姿勢が問われているわけだ。

〓 産業を呼び起こす施策に金を使え

 日本の景気は良くならない。それは自明のことなのだ。経済復興をマネーの力で実現できるかというと、もうその時代はとうに終わっていると思う。家電も携帯もソフト産業も、すべては成熟産業であるから今後の発展を見込めない。列島を強靭化しても、その間に技術が衰退しては、日本国民が食っていくことができなくなるのだ。

 しかし、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、ロボティクスだけは、新しい産業であり、かつ今後の産業基盤になるものである。日本はこの中でもロボティクスの分野にたけていたはずだ。日本は早くこの分野の技術開発に投資をするべきだ。。
 他人任せにこんなことを言うのもなんだが、だれか、「ロボット産業復興論」という本を、早く書いてくれないものだろうか。そんなことを思わせる一冊であった。

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コメント

いったい誰が得をするのか 『列島強靭化論』だって?
国民が得をするに決まってるだろうが。
目ん玉ひん剥いて、もう一回よく読んでみろ。
程度の低い、いい加減な書評を書いてんじゃねえぞ。

投稿: | 2012年10月21日 (日) 18時18分

「得をするのは 日本国民です」
損得のみにしか興味のない方には、理解できないのでは?邪悪な心の方には、難しすぎる内容なのでしょうか?
ちなみに、高卒の私には、めちゃめちゃ、よーく理解できたのですが。

投稿: | 2012年10月21日 (日) 18時46分

>一体何に対する強靭化なのかというと、自然災害に対する
>強靭化なのである。これは経済成長とはなんら関係はない。

経済成長と関係ないとは私は思いません。が、仮に関係ないとしても、
強靭化することによって被害者をかなりの人数助けることが
できるのなら、国民の生命、財産を守るのが仕事である国家にとって、
強靭化しないことは罪になるのではないでしょうか?

つまらない書評をだらだらと書くものではありません。

投稿: | 2012年10月22日 (月) 21時59分

誰が得とか、もはや巨大災害の到来は避けられないのは歴史的事実からも明らか。
東北の大災害の発生に直面しても、なんとも思わないんでしょうかね?

対策を立てれば防げる、あるいは減らせる被害があるとすれば、
得するとかいった次元の話ではないでしょうに。

この本で示されている10年で総額200兆円は、約500兆円のGDPの日本にとって、
500万の年収の主人が200万を投じて家の耐震補強や防犯対策に投じるようなもの。

さて、このような支出が損得で判断するべきものなのかどうか?

投稿: 誰?国民だろ? | 2012年11月 7日 (水) 22時30分

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