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基本的人権はどうやって見出されたのか 「小説フランス革命 7・8」 佐藤賢一著

 歴史小説がすきな人に、まずはオススメしようと思う。ただし、この小説は、当然であるが長い。
 全12巻のうち、1巻目の発売は2008年の11月25日である。あのパレロワイヤルでカミーユ・デムーランが「武器を持て」と高らかに叫んだ時代に遡る。そして、今回読んだのは、最近発売された7巻目と8巻目である。

〓 第7巻 ジロンド派の興亡

ジロンド派の興亡 (小説フランス革命)

 数々の変遷を経た7巻目ではその副題に「ジロンド派の興亡」とある。保守系戦争容認のジロンド派と戦争を阻止するフイヤン派との政争である。どちらの派閥も、元はおなじジャコバンクラブから派生している。この第7巻ではロラン婦人という女性がその中心人物として描かれている。影で女性の政略家が暗躍しているというのが面白い。
 しかし、巷の対立は戦争の是非ではなく、実は違うところにあった。ブルジョワ対庶民、貴族院議員対サンキュロットの対立でもあった。普遍的な対立であった。富裕層対一般庶民の対立であった。Occupy WallStreetは歴史上の変遷期には至るところで起こっていた。
 そして、ここに本文からの引用をする。この言説も、一体何度繰り返されて来たのだろうか。少し長いが引用する。

109ページ
「いえ、法律の尊さは重々承知しています」
とも、ドリヴィエは続けていた。ええ、議会で定められる法律こそ、今のフランスの正義です。その法律は市長の側にありました。村人たちは確かに法律に反する要求をなしました。
「ええ、殻物取引の自由を妨げることは、法律の定めで、はっきり禁じられています」
「……?!」
 琴線に触れる言葉だった。ロベスピエールは耳に神経を集中させた。なに、自由だって。法律の定めだって。
 ブルジョワにも自由が認められている。穀物取引の自由も、そのひとつだ。法律に守られた当然の権利ということにもなるが、その法律一般をいうならば、この世には悪法というものもある。
心なしか、ドリヴィエ神父は声を高めたようだった。ええ、ですから、法律に違返したからには、罰せられて仕方なかろうという理屈も、重々承知しているのです。
 「しかし、です。なによりの必需品である、食べものの値段が高騰したら、どうでしょうか。貧しい労働者や日給取りの農夫では、とても手が出ないくらいに値上がりしているにもかかわらず、それを放っておく社会には、果たして正義はあるのでしょうか」
 ロベスピエールは腰を浮かせた。なぜこんな後列にいるのだろうと、その刹那は自分を腹立たしくさえ覚えた。なんとなれば、今こそ霊感が走っていた。今こそ謎が解ける。漠然と感じていながら解けないでいた謎が、ジロンド派に覚えていながら、言葉にできないでいたアンチ・テーゼが、今こそはっきり明かされる。「それは人々から食べものを奪うのと同じことです。別な言い方をすれば、飢えない権利というものを、富裕の層にしか認めていないということです」
 いよいよ権利という言葉までが、耳に飛びこんできた。ロベスピエールは抱え続けた煩悶が、ほとんど氷解するのを感じた。ああ、飢えない権利というのは、確かに認められるべきだろう。全ての人間に生まれながらにして与えられる、いわゆる自然権のひとつとして、飢えない権利、生きる権利、いや、ただ生きるのではなく人問的に生きる権利、いうなれば健康的で文化的な最低限度の生活を保障される権利は、ありとあらゆる人間に認められなければならない。
「つまり政治だけの民主主義では足りない」
 仮に共和政を敷いて、仮にマルク銀貨法を廃して、政治参加の権利としては全ての人間を平等にできたとしても、なお富める者と貧しき者の差が歴然として、飽食を楽しむ者と飢餓に苦しむ者が隣りあうような国であっては、フランスは幸福の楽土の名に値しない。
「きらびやかはサロンにぬくぬくとして、そのことをジロンド派は意識したことがあるか」
 答えは明らかに否だ。そう断罪の言葉を呟きながら、ロベスピエールは立ち上がった。私は違う。私は意識を働かせてきた。これまでは漠然としていたが、今ははっきりと開眼した。共和政を敷いても、マルク銀貨法を廃しても、まだ足りない。政治だけ民主化を進めても、万人が幸福になるわけではない。たとえ機会が平等でも、結果のほうが人道に反するくらい不平等なら、それは民主主義の名に値しない。
「人間には社会の民主主義も必要なのだ」

 ここで思うのだ。日本国における基本的人権は、国民が自ら勝ち取ったものではなく、終戦によっていわば輸入されたものだ。だからなのか、貧困という問題に対しては、その解決を政局に委ねてしまう。国家から権利を勝ち取るという概念が希薄なためかもしれない。
 戦前昭和の日本人は、貧困に対する問題解決を軍部に委ねてしまった。そして戦争へと突き進んでいったのだ。いつの時代も、そしてどの国家でも、常に貧富は対立を引き起こし、人々を戦争へと向かわせる。この対立を、血を流さずに解決する方法はないものだろうか。

〓 第8巻 共和政の樹立

共和政の樹立 (小説フランス革命)

 そして第8巻、副題「共和政の樹立」。ここがフランス革命の山場だと言っていい。民衆が再び蜂起し、やがて国王ルイ16世は裁判にかけらる。王は死刑に処せられるべきか。ここで王政は終焉を迎え、政権は民衆の手へと委ねられる。
 実は第7巻よりも第8巻の方が面白い。ルイ16世の苦悩が手に取るように分かる。そして民衆は血を流すことを厭わなくなる。社会の変化には常に苦悩がつきまとう。

 社会の変化にはいつも苦悩がつきまとうのだろうか。いや、そうではなく、今、幸福なものが現状維持を欲し、苦悩に見舞われているものが変化には欲しているだけだ。その苦悩から逃れるるために変化を求めるのだ。この対立が人々を戦争へと導くのではないか。

 だから今の日本も危うい。自民党が述べるのは、インスタントな経済成長と軍隊の肯定だ。戦前の日本が辿った道、そのままである。貧困から逃れる代償として求められているは、最終的には兵役なのだ。やがて個人が貧困から逃れるためではなく、国家が滅ばないために若い命が消費されるようになるのだろうか。

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