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メディアの役割とは何か 『当事者の時代』 佐々木俊尚著

「当事者」の時代 (光文社新書)

  テレビ人口が減っているという。新聞の部数も減りだした。私の家でも妻が朝日新聞から東京新聞に変えたところ、勧誘員から朝日新聞で架空の契約を結ぶようほのめかされたらしい。要するに購読部数の架空計上である。そこまでやらないといけないくらい、朝日新聞は窮地にあるのかもしれない。
 以前書評を書いた『誰が小沢一郎を殺すのか』では大手メディアによる偏向報道を問題にしていた。しかし、大手メディアが瓦解してしまえば、日本は権力への監視機構を失う。新聞の発言力が購読者数によって支えられているとするなら、これは大きな問題だ。
 ところが、日本の新聞発行部数というのは、そもそも極端に多い。

世界の新聞発行部数ランキング 読売新聞など日本が上位占拠

 日本人は政治に対して関心が薄いといわれながらも、国民の多くが新聞を購読するという不思議な国なのである。つまり活字文化が定着しているということなのだろうか。あるいは日本人は政治的関心が高いのだが、単に発言したり話題にしたがらないだけかもしれない。
  今回の自民党政権は、景気雇用対策としてインフレターゲット、そして憲法改正法案を掲げている。インターネット上では、それぞれの政策に対して批判が多 い。特に憲法改正法案は9条の改正だけがメディアで報じられているが、ネット上では国民主権をあいまいにする改定が多く含まれていると指摘されている。本来のメディアの役割は、この9条以外の改正点について検証し、国民にとってどの様な影響があるかを明らかにすることだと思う。なぜなら、表現・言論の自由 についても書き換えられている箇所があり、いわばメディア自体にとってそれが脅威となるはずだからだ。
 しかし、メディアは何も語らない。これはどういう理由からだろうか。やはり大手メディアは権力側にコントロールされているのだろうか。権力の監視機構としてのメディアは、日本では育たなかったのだろうか。
 このような疑問に対して深い視点から答えているのが『「当事者」の時代』だ。著者自身が毎日新聞の記者時代に見聞きしたことを裏づけとして、なぜ偏向報道が紙面を踊るのかを、時代を1960年の安保闘争まで遡って紐解いている。新書にしては厚い本である。しかし、ここまで紙面を割かないことには、 複雑化したメディアの世界と日本の民衆・市民を語ることはできなかっただろう。
 この本は日本のメディア空間について、多くの分析がなされている。さてその中から一つを取り出してみたい。

190ページ
 〈庶民〉は正義や国家を論じないマジョリティ。
 〈市民〉は正義や国家を論じるマイノリティ。
 マスメディアが〈庶民〉を代弁する。
 〈市民〉がマスメディアを代弁する。
 これは実にねじくれ、ややこしい構造だ。
 マスメディアが報じる正義は〈市民〉によって代弁される。市民運動のデモや集会を紹介することで、正義がどこにあるのか、マスメディアの考える正義とは何なのかを〈市民〉たちに代弁させているのだ。
 しかしマスメディアは、自分たちの正義の根拠が〈市民〉にあるとは考えていない。紙面上はそういうふうに見せかけていたとしても、実は記者は自分たちの依拠する立ち位置は、無辜の〈庶民〉だと考える。
 つまりマスメディアは〈庶民〉に依拠し、しかし代弁は〈市民〉が行う。すなわち〈庶民〉の感覚を、マスメディア経由で〈市民〉が代弁しているということに他ならない。しかし〈市民〉は金太郎アメ的なマイノリティであって、必ずしもマジョリティの〈庶民〉と感覚が一致するとは限らない。むしろ一致しないケースの方が多いのが確実だ。それはたとえば、憲法改正について多くの〈市民〉が反対しているにもかかわらず、新聞の世論調査などでは憲法改正容認派がかなりの数に上ることや、あるいは大半の〈市民〉が脱原発を訴えているにもかかわらず、選挙では原発容認派の首長が当選してしまうようなことにもあらわれている。

 つまり、私たちが新聞から読み取る事実というのは庶民の中から選択された情報だということだ。これは当然といえるのかもしれないが、しかし、誰が選択したものかを探すこともできない。メディアが時として世論を代弁していなかったり、あるいはあたかも一部の利権を代表するような言論に見えるのは、メディアが正しい情報ではなく、正しいと人々から思われる情報を載せているからなのだろう。
 批判されつづける日本のマスメディア。そもそもメディア自体が実は実態のない架空の存在でしかないのかもしれない。

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