少子高齢化日本を風刺する 『百年法』 山田宗樹著
この小説は上下二巻各400ページの長い話なのだが面白く、特に下巻は一気に読み進むことができた。何がそんなに面白いのか。私は、この小説が現代日本の抱える生と死との問題を乾いた目線で捉えているからだと思う。
文体はハードボイルドに近く淡々とストーリーが展開される。着想は「もしも人類が不老不死を手にしたら」という、まったくもって俗なテーマなのだ。ただし、従来のよくあるストーリーとは異なり、不老不死の薬を争奪する話でもなく、肉体が滅んでも人格がコンピュータの中で生き残るという話でもなく、ましてや死人が蘇るという話でもない。近未来的ではあるものの、時代は第2次世界大戦から始まり、2100年ごろに終わる。そして、モチーフはフランス革命、二二六事件、地下鉄サリン事件などであると思われる。
しかし、なんと言っても一番のモチーフは今現在の日本の少子高齢化と年金問題であろう。いまどき百歳まで生きるというのはそれほど珍しことではない。少子高齢化とは、出生率の低下と寿命が極端に伸びた結果であるといえる。これによって国民の新陳代謝が衰え、やがて衰弱し、国全体が老齢化する。
もし仮に、人間が老齢化せず、いつまでも若い肉体と頭脳とを保つことが可能になったらどうなるか。その思考実験がこの『百年法』という小説だ。実際そうなるとは到底思えない場面も多いのだが、それは、この小説に登場する人びとの心理的側面だ。しかし、全体的には、この小説にあるような展開に陥るのではないかと思えてくるから不思議だ。永遠に若い肉体であり続けると、そのこと自身に人びとは不安を覚えるとこの小説では予測している。現実的にそうなるかもしれないと思えてくる。
現代社会では、死というものがすっかり日常から遠ざかってしまった。私達が日常の中で物理的な死(目前の人の死)と遭遇するのは、一生に数回しかないのが現実だろう。しかし死は確実に私達の生の一部として存在している。人生という直線上のどこかにその黒い点は打たれているのだ。
私達人類は、一人ひとりが死を迎える。しかし国家はそうではない。それは、国家の存続が個人によるものではなく、全国民に委ねられているからだ。この小説の題名ともなっている「百年法」は、小説の中では永遠の生を手にした国民たちの総意として、国民個人の生のリミットを決める法律だ。国民たちはこの法律に翻弄されながら、死の意味を考えるようになる。生に固執するものと、自然な死を選ぶものとの間で確執が始まる。それはあたかも、年金を払い続けたものと、年金の支払いを拒否したものとの間にある確執にも近いのかもしれない。
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