日本の現状を憂う企業人かく語りき 『現実を視よ』 柳井正著
前回の参議院選挙で民衆の耳目を集めた二人が当選した。渡邉美樹、そして、山本太郎。一人は元起業家、そして、一人は元俳優。これが何を意味するか。何も意味しないのか。
私はこの選挙結果の背景には民衆の政治不信があるのだと思う。政治不信というよりも体制に対する不信だろうか。年金問題、少子高齢化、格差と貧困、インフラ老朽化、財政債権、原発問題。あらゆるものが日本を疲弊に導いているのに、体制側は抜本的な解決策を何も示していないのだ。
〓 体制にとっての不都合を排除する日本
そしてこの体制側の問題を改善しようとする政治家はことごとく潰されてきた。記者クラブ制度を廃止しようとした小沢氏を筆頭に、警察権力の不正を正そうとした鉢呂氏、東電の問題を追求しようとした菅直人氏、そして今は脱原発を訴える山本太郎氏が標的になっている。
「これから先も多分、ネガティブキャンペーンの先頭を走るのが週刊新潮だと思うんですよね」山本太郎議員8/6記者会見(動画&内容全て文字起こし)
いまや民衆の側に立って、政財官検メディアの5つの権力に立ち向かっているのは山本太郎氏くらいだろう。しかし山本氏への風あたりは強い。体制側が彼を孤立化させるためにいろいろな策を打っているのがこの記者会見からもあからさまに判る。本来であれば、メディアはこの不公正を正すべきなのだが、体制の側にいるメディアはそれをしないのだ。
〓 ブラック企業と呼ばれた対応の違い
一方で渡邉氏も選挙前にはブラック企業の代表のように言われ苦戦を強いられた。しかし当選してからは特に大きな混乱はないようだ。この扱いの違いは渡邉氏が自民党公認であり体制の側に近いからなのか。これでしばらくは安泰なのだろうか。
ブラック企業といえば、かつてユニクロもブラック企業と揶揄されていた。しかし、ユニクロの対応はワタミとは違うものだった。ユニクロの柳井会長は日経ビジネスのインタビューに直接応じて、ブラック企業と呼ばれた理由を分析し、そうではないと理路整然と反論している。
一方で、ワタミも同様のインタビューを受けたが、「離職率は高くない」「昨年より改善している」など、状況説明に終始したようだ。
現実を直視して、会社のポリシーに従えばブラック企業と呼ばれてもやむなしとするユニクロと、ブラック企業と呼ばれないために離職率を下げる対策に打って出るワタミと、果たしてどちらが魅力的な企業と言えるのだろうか。
ユニクロ:甘やかして、世界で勝てるのか
ワタミ:「我々の離職率は高くない」
ところで、渡邉美樹、山本太郎、柳井正、この三名に共通するものは何だろう。三人に共通するのは、体制の外側に居て体制を変えようとしていることだ。村社会化した日本の体制を内側から変えるのはほとんど不可能だろう。だからこの三人が国家を良い方向に導く可能性に、大いに期待できると思う。
〓 現実を観なければ、世の中を良くすることはできない
柳井氏は現役の企業人であるから、国政に対する批判を表立ってすることはない。しかし、現状の日本に対する忸怩たる思いがあったのか、昨年PHPから『現実を視よ』という本を出版した。
この書籍で柳井氏は、冒頭で日本の危機的状況について説明する。そして自社のグローバル戦略の説明がある。しかし、普通のビジネス書を装っているのは第2章までだ。第3章のタイトルは「政治家が国を滅ぼす日」である。ここから先は日本の体制側つまり政官財マスコミの問題点を鋭く指摘する。私はこれを読んで、溜飲が下がる思いがした。少し章立てをピックアップしてみよう。
・常軌を逸した「国土強靭化基本法案」──137ページ
・「消えた年金問題」は国家犯罪──139ページ
・原発事故の責任は「日本文化」にあらず──144ページ
・政治家よ、国民のサーバントたれ──165ページ
・自分の意見を言わない官僚たち──168ページ
〓 現実を観なかった「国土強靭化法案」
特に「国土強靭化法案」に対しては柳井氏の酷評が激しい。この法案は自民党が政権を奪還するときに目玉として投入した政策であった。そして、当時この法案に対して異を唱える人は少なかった。この法案の元となった「列島強靭化論」を作ったのは京大教授の藤井氏である。その「列島強靭化論」を扱ったこのブログの過去記事に、気迫がこもったメントが寄せられた。ほとんどのコメントは同じFacebookのリンク元から寄せれらている。つまり、組織的にネット上の反対意見を潰しているようなのだ。
国の借金が一千億に達したという。10年間で200兆円という先に借金ありきの国土強靭化法案はこうなると分が悪い。それにしてもこうなることを解っていながら、発足当初になぜ反対の声が少なかったのか不思議だ。そこには記者クラブの存在があったのかもしれない。当然、柳井氏は記者クラブに対しても否定的だ。
〓 過去の日本とグローバルな視点
柳井氏は過去の日本についても否定的だ。グローバルに店舗を展開するために各国の状況をつぶさに見た柳井氏だ。比較対象を知っての上だから日本のアラが見えるのだろう。この本の冒頭近くでは以下のように述べている。
80ページ
不朽の名著『失敗の本質』をものした野中郁次郎氏にお目にかかったとき、太平洋戦争の敗戦も、バブル期以降の日本の衰退も、その本質は似ている、という話をされた。目の前にある現実を視ないで、過去の成功体験にとらわれて変化を嫌う。理論よりも情緒を優先し、観念論に走るといった特性は、時に取り返しのつかない結果を招く。
軍部の指導者が犯した最も許しがたい「失敗」は、若者に特攻を命じたことである。もはや日本の敗戦は明らかだった戦争末期まで、それは続けられた。肉弾をもってすれば、米軍の圧倒的な物量に抗せる、彼我の技術力の差を覆すことができるといった、まさに現実を直視しない根拠の無い観念論で、あたら有為の若者を大勢死なせてしまったのである。
しかも、司令官、指揮官クラスのエリートは「自分もあとから行く」と言っておきながら、敗戦が決まると責任をとることもないまま、今度は日本復興のために尽力する、と180度、態度を変えた。全員がそうだったのわけではないが、特攻については黙して語らずとう態度をとった者が多かった。
もちろん、国難にあたって自らの命をささげた若者たちの純真さには、胸を打たれる。彼らのことを日本人は永遠に忘れてはならない。しかし、特攻という「統率の外道」をあえて命じておきながら、責任をとらなかったかつての陸海軍の司令官、指揮官たちの卑劣さは許しがたい。
こうした無責任さを日本人特有の悪弊として考えたくは無いが、発言をコロコロ変えて平然としている現代の政治家たちの姿を見ていると、太平洋戦争の「失敗」に何も学んでいないのではないかと言いたくなる。
今や日本は危機的な状況であることは確かだ。一部の政治家の中にはそれを隣国のせいにしたり、その解決策に精神論やら軍事力などを持ち出す者までいる。そんな連中に政治を任せておけば、いずれ日本は戦前のダメ日本に逆戻りだ。
日本はこの国の現実を直視し、おかしいことはおかしいと市民が言えるようにならないといけない。親方日の丸から脱しなければ、やがてそのツケはどんどん次世代へと先送りになるばかりだ。そうなららないために自分に何ができるのか。そう深く考えさせられる一冊であった。
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