« Linuxでevernoteを使うには 『NixNote』 SourceForge.JP | トップページ | 非げいぢゅつ的陶芸(その1) 『どうぶつメガネホルダーを造ってみた』 »

二冊の本にまつわる、ちょっとだけ不思議な出来事 『項羽と劉邦』『シンス・イエスタデイ』

 本格的に私が本を読み始めたは、実は40歳を過ぎたおじさんに一歩足を踏み入れた頃だった。その頃の私の部屋の本棚には、ほとんどがマニュアルや雑誌ばかりで、背表紙で本棚を飾るようなことはなかった。それは、この2つの不思議な出来事が起こる前の話ではあるのだが。

〓 ・・・・・・

 生来読書という習慣から遠ざかっていてた私を、本に魅了される人生に引き込んだのは職場の上司だった。私の兄と同い年の上司が、しきりと皆に「本を読みなさい」と勧めて回ったのだ。上司の言に習って読書でもしてみようと思い、自宅の本棚からめぼしい書籍を探していた時、ある本の背表紙に私の目が止まった。背表紙に「項羽と劉邦」と書いてあるその本については買った記憶も、もらった記憶もまったくなかったのだ。もしかすると同居人が私の本棚に紛れ込ませたのかもしれない。そう思いながらその見覚えない本を手に取り、同居人に訊いてい見た。
 「あのね、この本誰かにもらった?」
案の定、同居人は全く知らないと言い張る。
 「なんでここにあるんだろう?」
項羽と劉邦 (上) (新潮文庫)  そんなことをつぶやいてから、私は手に持ったままの本を読み始めた。そして、読み始めた途端、ページを閉じることができなくなってしまった。そもそも私は小説を読むのが苦手で、特に海外モノなどは登場人物の名前を覚えるのに苦痛を覚えた。もちろん、中国の歴史に関わる小説を読むという発想さえ持ち合わせていないのだった。生来歴史に興味を持ち得なかった私は、司馬遼太郎が池波正太郎とならぶ歴史小説家であることなど知る由もなかったのだ。

 この「項羽と劉邦」を一気に読みきったことで、私は読書に対する苦手意識が薄れ、同時に、歴史小説が極めて面白いものであることに気づくことができた。以来私は、司馬遼太郎の小説を読み漁ることになる。私が本を読むという習慣を身につけるきっかけとなったこの本を、私はいまでも時々読み直したいと思う。
 しかし、なぜ「項羽と劉邦」が私の本棚にあったのかは今も謎のままだ。私は、本の神様がそっと置いていったのだと思うことにしている。

〓 ・・・・・・

オンリー・イエスタデイ―1920年代・アメリカ (ちくま文庫)  もうひとつの話というのは、当時から絶版となっていた「シンス・イエスタデイ」という本についてだ。この本は、世界恐慌前1920年代のアメリカを綴った「オンリー・イエスタデイ」という著作の続編として書れたものである。
 2008年のリーマンショック以降、少しの間この「オンリー・イエスタデイ」が書店の平台に並んだ。既に歴史本の虜となっていた私はすぐさま「オンリー・イエスタデイ」読み、そして「シンス・イエスタデイ」という続編の存在を知って、図書館で借りて読んだ。1929年の世界恐慌前と、世界恐慌後の物語を読むと、当然後者のほうが面白い。恐慌から約80年後の2008年以前と、2008年以降を比較するなら、過ぎ去った過去ではなく、今後の未来に興味があるのは当然のことではないか。
 もし書店に「シンス・イエスタデイ」があれば、私はまっさきに購入することに決めていた。「項羽と劉邦」と同様に、いつでも読み直しができるよう手元に置きたかったのである。いずれはこの本も再版されるだろうと大いに期待していた。しかし、1年経っても、その本が書店に並ぶことはなかった。

 実は私の兄がこの本を出版する出版社に勤めており、なぜ「シンス・イエスタデイ」を再版しないのかと聞いたことがある。その時、兄はただ苦笑いをするだけで、何も答えはなかった。もともと兄と会話をする機会は殆ど無いほど疎遠なのである。そんな兄と、以前高田馬場にあるジャズ喫茶でバーボンを飲みながら、電子書籍と出版社のあり方について議論したことがある。出版とは無縁なIT企業に務める私が講釈をたれるのを聞いて、兄は怒り心頭に発していたかも知れない。兄とはそれ以来飲みに行く機会を失ったままだ。

 数年後のある日私は、兄との疎遠を決定づけたジャズ喫茶に何気なく立ち寄ってみた。そのジャズ喫茶には古本が置いてあり、壁一面を背表紙が飾っている。その短冊のような背表紙をつらつらと見ていると、ある一冊の背表紙がまるで切り取って叩きつけたように私の目に飛び込んできた。なんと、私がかねてから購入したいと思いつつ諦めていた「シンス・イエスタデイ」がそこにはあったのだ。私は、数年前に兄と議論した同じジャズ喫茶の同じ席で、手にした「シンス・イエスタデイ」をまじまじと睨めて、その本との奇跡的な出会いに感謝の思いを寄せた。バーボンの香りと氷だけが残ったグラスを口につけたとき、「項羽と劉邦」がなぜ私の書棚にあったのかを再び考えた。やはり本の神様はどこかに居るのだろうか。

|

« Linuxでevernoteを使うには 『NixNote』 SourceForge.JP | トップページ | 非げいぢゅつ的陶芸(その1) 『どうぶつメガネホルダーを造ってみた』 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 二冊の本にまつわる、ちょっとだけ不思議な出来事 『項羽と劉邦』『シンス・イエスタデイ』:

« Linuxでevernoteを使うには 『NixNote』 SourceForge.JP | トップページ | 非げいぢゅつ的陶芸(その1) 『どうぶつメガネホルダーを造ってみた』 »