日本のアフリカ外交におけるイノベーションの指針となるもの 『リバース・イノベーション』 ビジャイ・ゴビンダラジャン著
1月9日から安倍首相がアフリカを訪問している。日本のインフラシステムをパッケージで輸出するのが目的のようだが、果たしてうまく行くのだろうか。
アフリカから見たときの、日本のプレゼンスがどの程度であるかは重要だろう。十年一昔というだけあって、15年前にアフリカ進出を開始した中国はその存在感をかなり大きくしている。特に、家電製品は以前日本製品が主流だったようだが、最近は中国製品が多いと聞く。自動車ではトヨタが善戦しているものの、韓国の現代自動車が主流になりつつあるようだ。
なぜアフリカでは日本製品が歓迎されないようになったのか。たしかに、日本政府がこれまでの間に外交努力を怠ってきたというのもあるだろう。言ってみれば、政府の進出と企業の海外進出がちぐはぐになっているのが問題だと思う。いまは企業は中国への進出を果たしているが、結局政治レベルでは日中関係は冷え切っている。今回の政府レベルでのアフリカ外交は結構なことではあるが、企業にとって既に中韓に明け渡した市場を取り戻すのは相当に困難を伴うと思う。
しかし、もし中国市場への展開からアフリカへの企業展開を目指すとするなら、日本は従来のやり方を捨てて、新たなイノベーションを模索しなければならない。まさにこの本には、過去に日本製品をアフリカに展開した従来のやり方「グローカリゼーション」は、今は通用しないということが書いてあるのだ。
この本のタイトルでもある、『リバース・イノベーション』とは、貧困国でイノベーションが創生され、それが富裕国に展開されるという、従来とは逆の流れによるイノベーションの展開をさして言う。
ではなぜイノベーションの逆流現象が起こるのだろうか。そのことを、この本では富裕国と貧困国との経済状況の決定的な違いから説明を開始している。
13ページ
国際通貨基金(IMF)はさまざまな経済指標について、国ごとのランキングを定期的に発表している。たとえば、人口では中国が1位、インドが2位である。世界人口の実に85%に当たる58億人が貧困国で暮らしている。国内総生産(GDP)では中国が2位、インドが4位で貧困国のGDPのほぼ半分、約35兆ドルである。
…(中略)…
IMFの2010年の公表データによると、中国94位(ボスニア・ヘルツェゴビナとエルサルバドルの間)、インドは128位(カーボ・ヴェルデとベトナムの間)である。[一人あたりGDPの説明:ブログ筆者注記]
要するに言いたいことは簡単で、途上国は富裕国とは異なっている、ということだ。それもほんの少しの違いではなく、天と地ほども違うのである。富裕国には、毎日大金を費やす人々がごく少数いる。途上国には、毎日少額を費やす人々が大勢いる。どちらも支出総額は膨大だ。中国とインドはマイクロ消費者のいるメガ市場なのである。
この本で著者は、発展途上国の市場が求めているのは、そこそこの機能と品質と、圧倒的な低価格である、というのだ。確かに、どれだけニーズがあったとしても、価格の高い製品では収入が富裕国の10分の1しかない人々の手には届かない。
その顕著な例として、インドで販売されている新しい冷蔵庫の話が登場する。
61ページ
だが、現実はもっと複雑である。食品の保存をめぐって解決すべき問題の背景は、貧困国ではまるで異なっている。第一に、貧困国とりはけ農村地帯では、電力供給が当てにならないので、高品質でも断熱性に欠ける冷蔵庫はほとんど使えない。第二に、消費者には経済的余裕がないので、安価であれば性能が低くてもかまわないと思っている。
いま市場に出回っている新技術は、こうした要望をすべて満たしている。ムンバイのゴドレジ・アンド・ボイスが開発した〈チョットクール〉冷蔵庫の価格は、わずか69ドルだ。断熱性に優れており、一時的に電池で冷やすことができる。おまけに部品点数が少なく、軽量で頑丈だ。
ヒンドゥー語の「チョット」は「少し」を意味する。一見日本の製品名と思ってしまうかもしれないが、これはインドでの販売製品名だ。この本には、〈チョットクール〉のようなリバース・イノベーションの事例が多数紹介されている。
本の構成は大きく2つに分かれていて、第1章ではリーバース・イノベーション実現の方法について述べている。そして第2章では、リーバース・イノベーションの実際を、8つの事例でもって紹介している。家電製品だけではなく、医療や食品にもリバース・イノベーションが適用されている。つまり、技術が適用される製品ならば、あらゆるものに適用可能ということらしい。リバース・イノベーションは手法と言うよりは、時代の流れに即した、ひとつの現象と言えるのかもしれない。
再びアフリカの話に戻る。アフリカでは、味の素が売れているという。もちろん味の素社の製品ではなく、「味の素」そのものである。もともと、「味の素」は日本の戦後復興期に生まれ、当時のどこの家庭にもあった。しかし、いまは日本の食卓に味の素の瓶を見出すことは難しい。世界各国の調味料が家庭の厨房に並んでいる現代では、むしろ万能調味料は使い道がないのかもしれない。
逆に、貧困国のBOP(Bottom of Pyramid)の人々にとっては、この万能の調味料のニーズは高いだろう。どの国にであろうと、料理はより美味しく食べたいものなのだ。味の素社は貧困国に対して「味の素」を積極的に展開しているという。自らの商品の特性を生かした素晴らしい戦略といえるだろう。
つまり、古くから存在し現在でも使われている製品についてはリバース・イノベーションを適用することは難しい。それは既に枯れた商品であり、技術的に改変を加えることは難しいからだ。この本に登場する多くの事例は、富裕国で成熟した製品でありながら、BOPでは価格的に手にすることができない製品である。富裕国の製品を少しだけローカライズしても、彼らはそういった押し付けられた製品を買おうとしないし買えないのだ。
どのリバース・イノベーションの事例を見ても、その国の人々の手により製品が開発されている。彼らは諸外国から、魚と釣竿を提示された時、釣竿を選んでいるのだ。果たして日本のアフリカ外交は釣竿を提示しているのだろうか。日本はアフリカに対して自立を促す経済支援をしなければ、中国外交の後塵を舐めるだけになるのではないか。
日本はリバース・イノベーションという現状を知った上で、新しいアフリカとの関係性を模索しなければならない。なぜなら途上国への外交の目的は、未来の互恵関係を見据えたものに他ならないからである。
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