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東日本防潮堤建設への困惑とあの戦争 『日本軍と日本兵』 一ノ瀬俊也著

日本軍と日本兵 米軍報告書は語る (講談社現代新書)

 既に日本人の中から戦争体験が消え失せ、日本全体が戦争に向かった時代、つまり戦前昭和に逆戻りしているように見える。しかし、実際には私達は既に戦争と似たような体験をしているのかもしれない。それが、3年前の東日本大震災ではないだろうか。

 東日本大震災から3年を過ぎた現在、津波の被害にあった市町村では、防潮堤計画に揺れているという。海と生活環境を切り離す、見上げるほど高く威圧的な防波堤が、果たして必要なのだろうかという議論だ。
 防潮堤計画で問題になるのは、防潮堤が海と生活圏を分断することで、住民の生業が犠牲となることである。一方で、防潮堤の設置を推進する政府は、防潮堤を建てなけれ住民は危険にさらされるという。
 最近はすっかり新聞紙面からは影をひそめていた防潮堤問題が私の眼に止まったのは、この問題が最近になりテレビの特集で取り上げられたからだ。もしこの番組を視ていなければ、私は政府自身が被災地の生活復興を阻害していることに気づきもしなかったに違いない。

 そんな折にこの本『日本軍を日本兵』を読んだ。この本は、米国が近年公開した当時の資料に基づき、第二次世界大戦中の南方戦線における日本帝国陸軍兵士の実態を検証したものだ。読み進むと、現在の防潮堤計画の問題と、当時の南方戦線との問題に横たわる、奇妙な共通点に気づいた。
 それは、政府あるいは軍の目的は日本国家や地域集団を守るとしながらも、実は個人は犠牲になっているということだ。双方とも、結果的には守るべきものは個人ではなくあくまでも集団、つまりはその中央にいる権力側を守ることが目的なのである。
 例えば、現在の防潮堤計画をみると、次のような疑問が浮かぶはずだ。ある地域では、防潮堤により海岸線がその下敷きとなり、本来はアサリやその他の漁獲物を生業とできるべきところを失うことになる。そもそも、人々は生業のない土地に住む理由があるのだろうか。もし、住民が生業を失うことで、そこに住む者がいなくなったとして、そこに建てられた防潮堤は何を守るのだろうか。さらに、最近は学校校舎の耐震化が一部滞りを見せているという。防災という意味では、100年の津波を想定した防潮堤よりも、今後地震が発生する確率が高いと言われる関東および南海トラフ近辺の耐震化を優先するべきなのは明らかである。

 そもそも「防潮堤計画」は震災の半年後、9月に国会で出された「国土強靭化基本法案」に基づく。そしてこの「国土強靭化基本法案」は、藤井聡という人物が書いた『国土強靭化論』に由来する。そして、この論ではハードのみならずソフト面も重視するはずが、防潮堤計画ではハード面のみが推進される。しかも、防潮堤の建設は地域復興計画とセットとなり、防潮堤の建設を受け入れなければ、地域の復興予算はつかない仕組みとなっているのだ。
 ここには、政府側の、なんとしてでも防潮堤を建てたいという強い意向がうかがえる。住民の意見を取り入れるという前提はあらかじめ排除されている。おそらく、どこかの時点で防潮堤を建てることが目的となり替わり、市民の安全や生活の向上は、その目的から欠落しているのだろう。
 もし、政府側が市民の生命や安全を本当に考えるならば、まず居住地を津波がこない場所へと移転させる計画を優先すべきである。それが防潮堤の建設が決定しないと進まないのであれば、市民の生活を復興させるという本来の目的に大きく矛盾する。

関連リンク:宮城県の防潮堤建設計画に対する津波被災地住民の困惑

 同じようなことは南方戦線でも行われていた。これらの群島支配を守るために多くの日本人が派兵され、その島の防衛を強いられた。つまり、彼ら自身が防潮堤となったのだ。島では日本兵は「穴掘り屋」となり、一時は島の奥へと陣取った。ところが、アメリカ軍が島に上陸することを許せば、日本軍は殲滅することが必至であることが分かる。そこで、日本陸軍は水際作戦に転じ、海岸線の防衛へと作戦を変えたのだ。
 これにより結果的に日本兵はそのほとんどが玉砕することになる。もっとも、日本陸軍の指揮官側には最初から日本が米軍に負けることは分かっていたようだ。つまり、日本を守るためと説いて南方に市民を派兵したが、それは日本を守るという意味では合理的ではなかった。だとすれば、第二次世界大戦における9割の戦死者を出した南方への侵攻作戦を遂行する合理的理由とは何だったのだろうか。そこにあった守るべきモノとは、実は自分たちであったのだ。その守る者とは指揮官側の威信であり面子であったのだ。

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 ただしこの水際撃滅が一度は成功したとしても、米軍は必ず逆襲してくるはずである。このことについて原元中佐はどう考えていたのだろうか。
 彼は言う、「ただ一度でいいから勝ちたかった。南九州の決戦、それも志布志湾の決戦で勝ちたかった、意地だった。そして陸軍の最後の歴史を飾ろうと思った。政治は、本土決戦によって終戦に移行しようと考えていたかも知れませんが、私の考えは上陸する敵の第一波だけでもいいから破摧したかった」と。つまり一回勝ったという陸軍の面子さえ立てば、第二波以降はどうなろうとよかったのだ。
 問題は、このような一般国民からすればたまったものではない勝手極まる願望が、原の水際撃滅論のような狭い意味での〈合理性〉により正当化、粉飾されていたことだ。陸軍幼年学校、士官学校本科・予科、陸軍大学校をすべて主席で通した超のつく秀才の原にして、〈合理的なるもの〉のはらむ悪魔的な力に生涯魅入られ続けていたかのようである。

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 要するに、ジャングルと異なり隠れ場所を得られない平地での戦は、日本軍の惨敗という結果に終わるだろう、ということだ。前出の原志郎参謀は戦後の講演で「特に南九州で勝ちたい」と述べていた。広大な関東平野で米軍に勝てる見込みは端からない、と内心わかっていたからこそ、そのような発言となったのかも知れない。ちなみに『TM-E 30-480日本軍ハンドブック』第7章には「日本軍将校にとっては対面と志操の維持が最も重要であり、それゆえ空想的な英雄気取りとなりがちである」との指摘がある。

 自民党はその復活時に提示した「国土強靭化基本法案」を引っ込めるわけにはいかない。いかに地域住民の生活や海産資源の枯渇があったとしても、自分たちの計画が完遂されなければ、その対面や威信にかかわると考えているのではないだろうか。同時に官僚にとっては日本の予算を自らの手元に手繰り寄せる投網の手綱を今更手放す理由はないのだ。
 そして、安倍首相は今まさに「空想的な英雄気取り」になっているのではないだろうか。この本を読むことで、日本人が抱える忌まわしい過去から抱え続ける、ある種の病理に気づくことができるかもしれない。

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