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戦争の記憶と密やかな生活 『小さいおうち』 中島京子著

小さいおうち (文春文庫)

 本の表紙をめくる。すると、老女の淡々とした話から始まる。どうやらこの老女は昔話をしているようだ。どうやら自慢話のようでもある。

 読み進むうちに、この老女は自分の過去を書籍にしようとしることが分かる。なんとも無謀ではないか。この老女は、実は出版社に騙されているのではないだろうか。そもそも、話の内容がパッとしない。こんな話を書籍にしても売れるわけがないではないか。

 さらにこの本を読み進む。老女がどのような人物であるか大体わかってきた。この老女は昭和5年に山形の尋常小学校を卒業し、同時に東京へと奉公に出されたらしいのだ。最初は小説家の家の女中になったという。

 この老女は奉公中にタキちゃんとか、タキさんとか呼ばれたらしい。だからこれからは私も老女のことをタキさんと呼ぶことにする。
 タキさんは小説家の家に奉公した翌年に別な家に奉公することになる。その年、昭和6年に奉公したのは浅野家だったという。浅野の旦那は収入が少なくしかも酒飲みだったようだ。
 この時の奥さんが滅法美人であったとタキさんは絶賛している。名前を時子さんという。残念ながらこの時子さんの旦那さんは翌年に亡くなってしまう。時子さんには恭一という幼い子供がいるというのにむごいことである。ところがタキさんは、この時、旦那さんが亡くなってよかったと思ったようだ。おそらくタキさんは時子さんの不遇を嘆いていたのだろう。
 タキさんはそのまま時子さんについていく形となった。いったんは浅野家の実家に引き上げる。やがて時子さんは平井氏と再婚する。もちろん、タキさんも時子さんについて平井家に奉公することになったわけだ。昭和7年のことだ。このとき時子さんは22歳、タキさんは14歳である。

 そして3年後、つまり昭和10年に平井家は家を新築する。洋風でこじんまりしていて、屋根が赤い。この家が、タキさんが後の10年間を過ごす「小さいおうち」となった。

 なぜ私が、くどくどとこの小説の時系列をつけて述べるかというと、ここにしっかりと伏線が敷かれているからだ。この小説の地の文章であるタキさんの手記では、その出来事が昭和何年に起こったことなのかを記録している。時々あいまいな記憶もあるようだが、おおむねあたっているようだ。この時系列を意識しながら読むと、恋愛小説というよりも、戦前昭和を語る歴史小説にも読めてくるから不思議だ。
 昭和16年の年末に家族でスキーに行ったり、昭和17年に小規模な東京空襲があったり、その翌年は東京市の市議会議員がいきなり首になったり。昭和19年4月ごろには山形の神町若木原の飛行場建設が始まったという話も登場する。この飛行場建設では、もっこ担ぎに中学生が徴用されたそうだ。
 こんな風に、戦時下の小さなできごとがタキさんの話にはちりばめられている。そして、おしまいのページに近づくと、徐々にミステリーが展開する。

 語り手は老女だし、話は昔の話であるが、ストーリーの構成は新鮮であった。ただし、この小説は読み手の意識で結構その印象が変わると思う。

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