« 建設業経理士2級を受験してきました | トップページ | その楼閣の墓場に紡ぐ読書論 『書楼弔堂 破曉』 京極夏彦著 »

ジョブズこそがアップルだった 『沈みゆく帝国』 ケイン岩谷ゆかり著

沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか

 スティーブ・ジョブズ。アップルのビジョナリーであり、宇宙にインパクトを与えた彼がこの世から去ったはの2011年10月のことだ。もうすぐ3年目になる。
 はたしてあの時からアップルは変わったのだろうか。いや、変わらないわけがないのである。それまで革新的であったアップルは明らかに保守的になった。まるで311の時以来、日本がすっかり保守的になったように、アップルもやはりジョブズの死以来保守的になったのだ。
 そのことを示す一冊の本がここにある。おそらく、多くの人々が気づいていながら目をつぶってきたこと。多くの人々があの時に諦めかけたけどそれでもほんの少しの期待を寄せていること。「アップルはジョブズだったんだ」と再び気づき、そのことが日々確信に満ちていくこと。
 私は世界中のアップルファンが今ではアップルを冷やかな目で見ているような気がしてならないのだ。そして、アップルファンではない私のような人々は、いつごろから非アップル製品への転換を図ろうかと考えているに違いない。しかし、それは今ではない。まだジョブズの亡霊は去ってはいない。それはiPad miniやiPhone5といったジョブズ亡き後に世に出された製品にも残っている。そして、アップルが強固に作り上げたエコシステムが簡単に砂漠化することはないだろう。一度手にしたアップルという居住環境を人々はそうそう簡単には手放さないだろう。そして、このエコシステム自体がアップルでなければなしえなかった偉業なのだと今更ながらに気づくことになる。ところが残念なことに、この本にはそのことに気づくヒントさえ書かれていないのだ。

 では、500ページもあるこの本には何が書かれているのか。主にアップルとジョブズのゴシップ記事と、ティムクックの人物像、そしてアップルが今後抱える困難である。ジョブズの時代の最終章と、あれから3年たったアップルが今現在どうなっているのか、そしてそこに至る経緯はどのように形作られたのかを知ることができる。

 この本を読んでふと思い出したことがある。2011年のジョブズが死んだ年に読んだ『スティーブ・ジョブズ』のことだ。あの本を読んだとき自分がどんなことを考えたのか記録が残っているはずだ。このブログに記事として掲載はしなかったが、記事自体はしっかりと書いていた。せっかくだから、ここに掲載することにする。もちろん、『沈みゆく帝国』を読む前に、『スティーブ・ジョブズ』を読んでほしいという意味を込めている。



『スティーブ・ジョブズ』 ウォルター・アイザックソン著

355ページ
Nextをたち上げの時、資金が底をついた。ミッチー・ケイパーと同じ状況だ。

スティーブ・ジョブズ I

 さてと、いままで色々な本の書評を書いてみたけど、この本だけは、書評を書くことさえはばかられる。しかし、このブログの題名が何しろ「アイフォニアにはこれがいい!」って題名※当時だし、そもそもこのブログを書くきっかけとなったのもアップルのiPhoneだったわけだから、これは書かないわけにはいかない、と、思い直したわけだ。
 まず結論から言おうと思う。この本すこぶる面白い。それはコンピュータに疎い人や、アップルの存在自体を知らない人にとっても変わらないと思う。NHKが特集を組んだり、メディアで取り上げられたり、と、ことジョブズのことに関しては間口が広い。しかし、何と言ってもiPodやiPhone、iPadを使っている人にとっては、その出所に興味がわいてくるだろう。ジョブズと彼がデザインしたデバイスは、そのどちらから入り込んでも繋がるはずだ。

 おっと、この本はなにしろよく売れているようだし、既にネット上には書評が蔓延しているようだから、本を読めばわかることはこれぐらいにしておこう。それよりも、この本を読んで、私がどう感じたかを書いていきたいと思う。こういう書評は嫌われがちだけど、まあ既にこの本を読んだ人たちも「こんな読み方があるのか」なんて形で気にしてもらえると、僕としては嬉しい。

〓 初期のスティーブはまるで「項羽と劉邦」の項羽のようだ

 「スティーブ・ジョブズ」を読んで、最初に思い出したのは、司馬遼太郎の歴史小説「項羽と劉邦」だった。そこに登場する項羽とスティーブ・ジョブズが似ている感じがする。性格がね。スティーブ・ジョブズは武人ではないけれど。
 「項羽と劉邦」は、中国紀元前に秦の始皇帝が滅んだ後、漢の国ができるまでの話だ。動乱のなかで台頭した武将として、項羽と劉邦という、まったく性格の違う二人が戦ったという話。項羽はスティーブ・ジョブズのように、我が強く、自分が先頭に立って軍団をぐいぐいひっぱて行くタイプ。功績のあるものは重用するけど、駄目な奴はバンバン切り捨てる。とにかく厳しいのだ。自分に対しても人に対しても。
 一方の劉邦は、どうにもいい加減なタイプで、クールな感じではない。しかし、人を使うのはうまい。自分が軍団を引っ張るのではなく、むしろ回りの人間はやきもきするくらいに頼りないところもある。もし劉邦がアップルに入社したらイッパツで首が飛びそうだ。
 で、項羽と劉邦、最終的にどちらが勝ったかというと、劉邦が率いる「漢」軍が勝ったわけだ。項羽が率いる「楚」の国は、兵士がみな項羽から離れていってしまった。項羽の最後は、項羽から劉邦に寝返って、離れていった者たちに囲まれて自害するという悲しい結末なんだ。この時の状況が「四面楚歌」といわれているのは知っている人も多いと思う。つまり、味方はみな寝返ってしまって、周りは全て敵になってしまったというわけだ。
 ジョブズがスカリーに追い出されるときはちょうどこの「四面楚歌」の状態だったんじゃないか。でも、項羽は自害したけど、ジョブズは生き残って、そして復活した。そこがすごいと思う。

〓 デジタルハブって

 29章(146ページ)にはデジタルハブ構想というのが登場する。iPhone,iPodなどの中心にPCを配置して、デジタルハブとしての機能をPCにもたせるという構想だ。
 実は、同じような構想が以前にもあったことを思い出した。2001年頃に、私はSunMicrosystemsのスコットマクネリの講演で同じような話を聞いた記憶がある。あの頃はまだSunも元気いっぱいで、ジャバジャバ言っていた頃だ。JAVAの可能性については未知数だったけど、基本的には大概のデバイスに実装可能だから、JAVAを仲介してあらゆる機器が繋がる、と話していたっけ。でも、それで何ができるかという、実質的な話はなかったなぁ。これは、どう考えてもジョブズが正しいと思う。繋がる理由が先に必要だってことだ。繫げてから何に使うか考えても仕方がないからね。
 結局JAVAは標準として生き残ったけど、Sunは死んだ。それを考えると、一方のビルゲイツが追い求める、標準というのも、重要だとつくづく思う。今後、アップルのデバイスは標準になることがあるのだろか?それとも、どこまで行っても、アップルはアップルであり続けることができるのだろうか?   

〓 複雑系の独裁者

 垂直統合モデルと水平分散モデル、これはアップルとマイクロソフトの形態を象徴するものだ。ジョブズは垂直統合モデルを選択したし、そしてそれが成功したのがなぜかを語っている。また、水平分散モデルがある一面では正しいことも認めているのだ。実はITの世界ではこの垂直統合と水平分散が交互に繰り返されている。最初はメインフレーム、次がオープン化クライアント・サーバモデルによる分散処理、その次はシン・クライアントになりコンピューティングの負荷はサーバに集中した。そして今は仮想化でサーバが統合されつつクラウドで分散処理されている。結局コンピューティングの資源はクラウドサービスを提供するデータセンターに集中している。でも、モデルとしては水平分散モデルになる。
 しかし、こういった垂直統合、水平分散というのはアップルの垂直統合とは、ちょっと違うかもしれない。アップルの場合はメーカーによる垂直統合であって、システムのそれを指しているわけではないからだ。だからこれは、かつてのIBMに代表されるメインフレームによるクローズドな垂直統合システムに近い。ようするに、当時全てがIBMのシステムで統合されていたのと同様に、現在はすべてアップルのシステムによって統合されるというわけだ。最近ではこのことをエコシステムと言うようになっている。
 実は、アップルは今だにIBMの後を追っているのではないだろうか。かつてApple2を発売するときにIBMは歯牙にもかけなかった。そして、やがてIBMパソコンはオープンなシステムとして普及する。これと同じことは、アップルとグーグルの間でも起きるのではないか。だからこそジョブズはあれほどもまでにアンドロイドの普及を阻止しようとしたのではないか。(水爆を使ってでもアンドロイドを叩き潰すといっていた)。
 かつて、パソコンが普及しだした頃に、デファクトスタンダードという言葉が流行り始めたことを覚えているだろうか。Microsoftはこのデファクトスタンダードとなることで市場を支配したのだ。もう一つ、VHS対BetaMAXの戦いを覚えている人も多いだろう。Betaの方が性能的に優れていたのに、VHSが勝った要因は、録画時間の長さとコンテンツの多さだといわれている。
 つまり、イノベーションのジレンマなのだ。イノベーションが同じところから起こり続けるということはない。アップルもやがて下方から立ち上がるイノベーションに、いつかは巻き込まれるのだ。それはおそらくアップル製品がクオリティの高さゆえに高級品となり、ブランドが不動のものとなりかけたときではないだろうか。つまり、今この時点で、アップルが歯牙にもかけないような製品が、いずれはアップルを超える日が来るのである。

 スティーブ・ジョブズは、アップルをhpのように長く続く企業にしようとした。そして、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」も読んでいたという。イノベーションのジレンマに巻き込まれず、長く続く企業にするために、ジョブズはどんな方策を考えていたのだろうか。最後に、その答えのヒントになりそうな箇所を引用して、この記事を終わりにしたい。

137ページ
「マイクには本当に世話になった。彼の価値観は僕とよく似ていたよ。その彼が強調していたのは、金儲けを目的に会社を興してはならないという点だ。真に目標とすべきは、自分が信じる何かを生み出すこと、長続きする会社を作るということなんだ」

|

« 建設業経理士2級を受験してきました | トップページ | その楼閣の墓場に紡ぐ読書論 『書楼弔堂 破曉』 京極夏彦著 »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

iPhone」カテゴリの記事

iPad」カテゴリの記事

読書:知識の蛋白質」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ジョブズこそがアップルだった 『沈みゆく帝国』 ケイン岩谷ゆかり著:

« 建設業経理士2級を受験してきました | トップページ | その楼閣の墓場に紡ぐ読書論 『書楼弔堂 破曉』 京極夏彦著 »