カイゼル髭は妥協しない 『ヒゲのウヰスキー誕生す』 川又一英著
朝ドラ『マッサン』が今面白い。といっても、欠かさず見ている、ということではない。画面からたまたまドラマが流れていると見入ってしまう、という程度である。この朝ドラはどうにも誇張しているシーンや事実と違うのではないかと思わせる台詞回しが多いのだ。そもそも、画面の中では、竹鶴(ニッカウヰスキー創業者)を亀山、鳥井(サントリー創業者)を鴨井などと変名しているのだからなおさらである。
これはNHKの番組上しようがないことではある。「赤玉ポートワイン」も「太陽ワイン」と変えている。古い人がこのドラマを見れば、思わずこう説明したくなるだろう。「昔は赤玉ポートワインというのがあって、まるでジュースのように甘ったるかったのだよ。当時の日本人は本当のワインの味を知らずに、美味しいとい思って飲んでいたんだよ」と。実は、まがい物を有難がって飲んでいた日本人に、本当の洋酒の味を知らしめたのが、竹鶴という一人の男であり、竹鶴テイストであったのだ。
そこで、やはり本当の竹鶴ストーリーを知りたくなる。竹鶴ストーリーをドキュメントタッチに描いた小説はないものか。外に出て、書店で探すと平台に積まれたこの本を見つけた。『ヒゲのウヰスキー誕生す』というタイトルだ。まさにニッカウヰスキーといえばその代表作はヒゲの男がラベルになっている『ブラックニッカ』である。ウヰスキーのウンチクを語れたない私にとってのスタンダードウヰスキーでもある。『ブラックニッカ』をチビリチビリとやりながら、その誕生秘話を布団の上にあぐらをかきながら読んでみた。
本のページは、著者が取材のために赴いたスコットランドの車窓から始まるのだ。なるほど、この本は事実を重視しているらしい。そして、著者がかのスコットランドの大地に立ち、芳醇なウィスキーを口にしてから、本題である竹鶴ストーリーへと移っていく。
竹鶴が大阪住吉の摂津酒精醸造所の門をくぐる。まだ卒業試験を終えたばかりの学生である。学生でありながら強引に、竹鶴は本物の洋酒を造りたいと言い、就職を決めてしまうのだ。
この本を読み進むと、日本のウヰスキーがなぜ世界の頂点立ち得たのか、そして、サントリーとニッカウヰスキーとの複雑な関係がつぶさにわかって面白い。日本に本格ウヰスキーを誕生させるには、相当な苦労を要することであったのだ。人間の子供が母親の胎内で育ち、その生命が身を結ぶまで長い月日がかかるのと同様に、本格ウヰスキーの産みの苦しみは相当なものである。
目の前にある琥珀色のウヰスキーの香りを嗅ぎたくなった。竹鶴の偉大さとその執念に感謝しつつ、またチビリと口の中で液体を転がす。そのラベルの男のカイゼル髭を見入りながら、なるほどこれは執念の味だと思うのである。
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