本当は他人に感謝されたいのでは? 『他人を攻撃せずにはいられない人』 片田珠美著
一言で言うなら、読んでいて気持ち悪い本なのである。最初から最後まで、誰がどのように攻撃し、どのように貶められ、そしてどう対処すれば良かったか、という場面が延々と続くのである。ドロドロのぐちゃぐちゃなのだ。もう少し統計的な数値や、年齢あるいは性別などによる相関関係みたいなものを検証できなかったのだろうか、と思ってしまう。残念ながらこの本では攻撃的な人々の心理の裏にあるものにはあまり触れていない。
同様の本には『他人を見下す若者達』(2006年、速水敏彦著)がある。見下すのも攻撃するのも、根に持っているものは同じ支配欲もしくは自己実現欲求であろう。結局は自分の人生に意義を見出し、「私は確かにここに居るのだ」という存在の形を人々に受け入れてもらいたいだけではないのだろうか。
つまり、彼らのその表現が通常とは異なっているのだ。本来は他人を見下すのではなく自らが成功を修めるべきであろうし、他人を攻撃するのではなく他人から学ぶべきなのである。
おそらくその奥底にあるのは、他人よりも楽をしたいということ、または他人よりも楽な人生こそが成功である、という思想にあるのかも知れない。これは、2000年ごろからブームになったビジネス書の乱発からも伺える。「楽して〜できる」「簡単に〜できる」など、苦労せずにお金を儲けることがあたかも成功の条件であるかのように私たちは刷り込まれてきた。そのような短絡的な成功志向が、人一倍努力して勝ち取る成功ではなく、人を貶めて相対的に自らに権威付けをする成功に、人々を駆り立てているのかもしれない。
しかし、この本、ドロドロのぐちゃぐちゃがまた何とも人を惹きつけるのであろう。どうしても、そのぐちゃぐちゃの中に一点の光明や、何か美しいものが隠れていやしないかと、目を凝らしたくなるのだ。それは時に攻撃的になってしまう自分を肯定するためであるのかもしれない。かくいう私は、他人が自分よりも楽をしていると思うたびに、ついつい腹を立てたりしている。冷静に考えるなら、人のために苦労をしても、その事を楽しめるのなら本来はその人生は成功なのではないだろうか。少なくとも、人に頼られ感謝される数を成功の指標にしなければ、この世の中はなんとも息苦しいものになるに違いないと思いながら、おしまいのページを読み終えたのである。
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