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日本史ねなんて言わなくていい世界 『朝がくる』 辻村深月著

 最近事情があって殆ど本を読んでいない。でも、たまには読んでみようと思う。思うのだが、目的とする本がない場合は、そこいらにある本を手にする。そして読み始める。
 本の手触りを感じる前に、文章が読んでほしいと主張する。この本はそんな本であるのかもしれない。そいういった本では最初にハッとする場面があるものだ。そこが琴線となり徐々に小説の深みにはまっていく。

 読んだ後に考えるのは、その本の主張が垣間見えるからだ。「朝がきた」は、大人と子供の違いを明確するヒントを与えてくれた。そんな小説だった。
 大人と子供の違いを明確にしているのは、守るものがあるか、守るものが自分であるのかの違いだ。そして、もう一つは、守ることができるのか、できないかの違いだ。この小説の中で、子供を守ることができる大人が子供を授けるが、しかしその子供を産んだのは、その子供を守ることができない子供である。子供を産むことができるということは、残念ながら大人であることの証ではない。そのことをこの小説は訴えている。

 例え子供を産むことができなくとも、大人であれば子供を守らなければならない。例え赤の他人が生んだ子供であっても。
 社会が子供を守ることができなければ、それは社会の崩壊につながる。大人の役割は、子供を大人にすることであって、その子供が大人になった時、だれの子供であってもその子供を守らなければならない。輪廻転生という言葉が浮かぶ。
 果たして今の社会がこのような摂理に従っているのだろうか。私たち死にゆく人間は、生き続ける人間を保護しなければ、未来が無くなるのではないか。そんなことに緩く気づかせてくれるストーリーが展開される。かつて「日本シネ」と叫んだのは、日本の未来である子供たちをないがしろにしつつある現代社会への警告であることがわかる小説であった。

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